テレビ愛知

Vol.028 文:相澤伸朗  
「マルタ島短期語学留学レポート3「地図とパラシュート」」
2003年9月17日更新
 私を除くとクラスの平均年齢は19歳。社会人は私だけで、あとは高校生と大学生だった。最年少は16歳。ドイツのマルクスとクロアチアのサラだ。最年少だがクラスを引っ張っていたのはこの2人だった。2人とも頭の回転がとても速いのだ。

 マルクスはいつも先生の質問が終わらないうちに手を挙げて発言し始める。大変な自信家で、相手が先生だろうと、納得いかない時には食って掛かる。

 サラはものすごく早口だ。頭の回転の速さがそのまましゃべりの速度に反映されている感じ。一度ついていけないで困っていたら「stupid!」と言われてしまった。

 授業では生徒同士で話し合う機会が多く設けられていた。文法問題でも長文読解でも、「どうしてその答えになるのか、話し合って」と求められることが多かった。また、たっぷり時間をかけて一つのテーマについて「討論会」をすることもあった。そんな時は特にこの2人が中心的な役割を果たすのだった。

 ある日の授業で、一枚のリストが配られた。リストには地図、方位磁石、旧式のピストル、赤と白のパラシュート、水、「砂漠の食べられる動物」という図鑑、オーバーコート、懐中電灯、手鏡など15種類の品が並んでいた。

 「あなた方の乗っていた飛行機が大きく飛行ルートをそれて、広大な砂漠の真ん中に不時着したとして、生き残るためにどんな道具が必要でしょう。このリストに載っている道具に1番から15番まで順位をつけて下さい。まず一人一人自分で順位をつけてから、みんなで話し合いましょう」と、先生が言うと、例によってマルクスが口をはさむ。
「その話し合いには2時間はかかるよ。きょうはもう残り時間が少ないから無理だね。僕、この教材やったことがあるんだ」
するとサラも「私もやったことがあるけど、確かに時間がかかったわ」と言う。
「そう・・・。じゃあ、とりあえずこれは宿題にします」と先生はあっさり2人の言い分を認めて、翌日じっくり時間をかけて議論することになった。

 そして、翌日。「まず一番必要なものは何だと思う?」サラが議論を仕切り始めた。16歳に仕切られちゃっていいのかと内心思ったが、私の拙い英語ではスムーズな進行は不可能なので従っておくことにした。

 一番必要なものは水。これは間違いないと思っていたが、イタリアの女子大生、チチリアが「手鏡」と意外なものを挙げた。理由は「前にこの教材を使ったことがある友達がそう言っていた」というものだった。それを聞いてマルクスが「そんなのは説明になっていない!」と噛み付く。サラも「前に受けた友達の言ってたことはここに持ち込むべきではない。忘れるべきよ」と続ける。尚もチチリアが「だって・・・」と続けようとすると、マルクスが「シャラップ!」と一括した。シャラップというのは非常に強い言葉だ。映画では聞いたことがあったが、生で聞いたのは初めてだった。この「シャラップ!」がきいて、チチリアはもうそれ以上抗弁できなくなってしまった。

 私は、前に受けた人が言ってたのなら、それが正解なんじゃないかなとも思ったが、或いはこの教材は別に正解なんてなくてクラスごとに答えをまとめるものなのかもしれないし、手鏡を推す理由がよくわからない以上チチリアに賛成するわけにもいかず、サラが「水だと思う人!」と多数決をとった時にはおとなしく手を挙げた。一番は水に決定した。

 次に必要なものは何か。私はオーバーコートを主張した。砂漠の夜は寒い。生き残るために防寒具は欠かせない。

 一方、マルクスは地図を主張した。ちょっと待て、キミは自力で砂漠を脱出するつもりなのか?私は「遭難した時は動かないのが鉄則だ。レーダーもあるし、直前まで交信もしていたはずだから、すぐに飛行機で探しにくるはずだ。それをただ待っていればいい。脱出するための道具ではなく、生き残るためのものを選ぶべきだ」と主張した。この主張が容れられ、二番目はオーバーコートに決まった。

 ところが、続く三番目で、またマルクスが地図を主張したのだ。一体何度説明すればいいのか。普段あんなに頭がよく見えたのに、所詮は子供なのか?

 私が三番目に挙げたのはパラシュートだった。「パラシュートでテントを張れば、強い日光を遮ることが出来るし、赤と白だから上空から探しにくる捜索隊からも発見されやすいだろう。夜は毛布代わりにもなるし・・・」

 「オーバーコートがあるんだから、毛布代わりなんて必要ない」マルクスが反論を始めた。まだ、自力で砂漠を脱出するつもりなのだ。「大きく飛行ルートを外れているんだから、捜索隊だってなかなか見つけられないよ」根拠はまるで乏しかったが、自信家のマルクスが強い口調で主張し続けるうちに同調する者が現れ始めた。「何もしないで死を待つより、何かやれるだけのことをしたい」何となく格好いいこと言いやがって!絶対に間違ってる。認めろ!自分の若さ故の過ちというものを。あまりにも青い。青すぎる。英語で言えばディープブルーだ。グランブルーと言ってもよい。

 それなのに、青組総大将のマルクスは私に「そんなに残りたきゃ、一人で残れ!」と、またもやきつい言葉を浴びせる。何でこんな仮定の話でそこまで言われなくちゃならないのだ。憤懣やるかたない。反論する気も失せた。

 多数決の結果、三番目は地図になった。私のパラシュートという主張は受け入れられなかった。確かに、パラシュートが三番目というのは上位すぎたかもしれない。でも、「遭難した時は動くべきではない」という主張についてはさっき受け入れられたはずだったのに、いつのまにか、みんな砂漠脱出路線に切り替わっている。マルクスがそこまで強く主張するのだから、従っておこうというムードが支配的になっていた。

 ここで休憩時間になった。悔しい。でも、小用を足しながら頭を冷やし、「私は少し大人げなかったのかもしれない。所詮仮定の話だ。みんなで楽しく砂漠脱出計画を立てるのもいいかもしれない」と思い直した。

 議論が再開された。マルクスが「4番目は方位磁石」と主張した。サラが私に意見を求めた。私は「地図を三番目にしたのなら、4番目は方位磁石でいいんじゃないの。磁石がなけりゃ地図は使えないもんね」と答えた。マルクスがガッツポーズをした。これで砂漠脱出作戦に待ったをかける人間はいなくなったのだ。

 5番目は「砂漠で食べられる動物」という図鑑、6番目はピストルになった。砂漠の動物を撃ち殺して食料にするつもりなのだ。う~ん、さすがに口をはさまざるをえない。
「砂漠の動物がそう簡単に捕まる?」
「捕まるさ」マルクスが答える。
「でもさ、ここにある15の道具じゃ火を起こせないよね。どうやって食べるの?」
「生で食うのさっ!」
刺身も食えないお前らが、生肉なんか食えるもんか!砂漠で野たれ死ぬがいい!所詮、仮定の話のはずだったのに、そう思った。「生で食うのさっ!」という言い方がいかにも生意気でしゃくにさわったのだ。18も年下のくせに。おまえの母ちゃんデベソ!私は完全にへそを曲げた。やっぱり砂漠脱出計画なんかには参加できない。議論は続いたが、もう私が口をはさむことはなかった。

 反対する者がいなくなったので、その後の議論にはさほど時間がかからなかった。私の思い入れたっぷりのパラシュートは13番目になった。さっきのアイデアはまるで黙殺されたのだ。孤独だった。本当に砂漠に一人取り残された気分だった。

 議論が全て終わり、先生が口を開いた。
「ではサバイバルの専門家の意見を発表します」
やはり正解はあったのだ。ということはチチリアが言ってた答えが正しいということになる。
「一番は手鏡です。これは早く見つけてもらうために有用です。鏡で日光を反射させます。この反射した光はとても遠くまで届くのです」
なるほど。そういう使い道があったのか。そのあともこまごまと説明をつけながら、順位を発表していく。二番目はオーバーコート、三番目が水、4番目が懐中電灯だった。懐中電灯は夜、捜索隊へシグナルを送るためのものだ。いずれも、その場にとどまって、捜索隊に早く発見してもらうための道具だ。順番は違ったが、選んだ基準は私の主張した通りだ。

 そして、5番目はパラシュートだった。使い方はまさに私の主張した通りだった。パラシュート万歳。パラシュートよ、永遠なれ!とても嬉しかった。

 一方、地図は12番目、「砂漠の食べられる動物」という図鑑は13番目だった。それも「ピストルの火打石で火を起こす時に燃やすため」という理由だった。それ見たことか、マルクスめ。いや、待てよ。マルクスとサラはこの議論を以前にもしたことがあるって言ってたよな。正解も知ってたはずだ。もしかして・・・・。

 「実は、マルクスとサラには、みなさんには内緒でミッションを与えていました。サラには議事の進行役を、そしてマルクスにはわざと間違った意見を主張してもらって、二人で議論を間違った方向に進行させたのです」と先生が明かすと、マルクスは申し訳なさそうな顔をして「そういう訳だったのさ」と私の方を見て言った。やられた。ものの見事に。

 この教材では、サバイバルの専門家がつけた順番と比較して、最初に個人個人でつけた順番と議論の結果まとまった順番をそれぞれ点数として出すことが出来るようになっていたのだが、議論した結果の点数のほうが個人で考えてきたものよりもみんなはるかに悪くなっていた。みなマルクスに引っ張られたのだ。まさにミッションコンプリート。先生の指示を完璧に遂行したのだ。

  マルクスとサラは私を指して「彼だけが正しいことを主張してた」と声を揃えた。さっきまでと違って大人びた口調だった。へそを曲げてしまった子供を慰撫するように。先生が続ける。
「私は皆さんに、少数意見にもしっかり耳を傾けて、正しい判断をすることを学んでほしかったのです。あ、どうぞ、弱い意見にも耳を傾けられる人になってください」

 「金八っつあ~ん!」思わず叫びそうになった。マルタにも金八はいたのだ。英語で言えばゴールデンエイトだ。英語を教えるだけではない、なかなか深いことを考えていらっしゃったのだ。ただ、あの言い方だと私が弱い人代表みたいになっていたのが、少しイヤだったけれど。

 それにしてもマルクスはすごい。年上相手に一歩もひかない度胸、うそをつきとおした演技力・・・あんな16歳、日本にいるだろうか?感服せざるをえないのだった。

 二週間はあっという間に過ぎ去って、お別れの時がやってきた。次回、マルタ島留学体験レポート「インコとライオン」をお楽しみに!
Nobuo Aizawa

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