イスに座ったり、立ち上がったりする時に「よっこらしょ」という言葉が口をついて出るようになった。何ということだ。まるで中年ではないか。まあ、実際のところ中年なのだが、私としてはまだまだ認めたくないのだ。
しかし、立ったり座ったりするたびに「よっこらしょ」などと言っていたら、その都度周りの人に向って「中年宣言」しているようなものだ。
むしろまだまだ若さをアピールしたい私は考えた。これを「中年宣言」ではなく、若さをアピールする機会にできないものかと。
そこで「よっこらしょ」の代わりに「せいやっ!」と言いながら立ったり、座ったりすることにしてみたが・・・・やっぱりダメだった。不自然だもの。結局「よっこらしょ」に戻っていた。
でもこの年から「よっこらしょ」を使い始めたら、この先何年よっこらしょを使うことになるのだろう?よっこらしょと共に歩みつづけて50年などということになりかねない。そんな伴侶はいらない。
そもそもどうして立ったり座ったりする時に声が出てしまうのか?私はもう一度自分を見つめ直してみた。声というのは力を入れるときに出るものだ。立ったり座ったりするのにも力を入れなくてはいけなくなったということは、もしかして・・・。私は体重計に乗ってみた。
イヤ~ン。驚きの10%増量中!だった。
それから私は週二回のペースでスポーツジムに通い始めた。5ヶ月ほどたった。気づくと「よっこらっしょ」を口にすることがなくなっていた。無言でサッと座り、サッと立ち上がることが出来る。何という軽やかさ。残念ながら体重はさほど減っていないのだが、足腰の筋肉量が増えたということだろう。胸板なども厚みを増している。嬉しさのあまり「最近鍛えてましてねー」などと誰かれかまわず言いふらしてしまった。私の悪い癖である。何かしら頑張り始めると、すぐ周りに喧伝してしまうのだ。真に受けたニュースデスクからとんでもないオファーが来た。
「今度幸田町に初めて天然温泉が出来たんだけど、相澤、入ってリポートしてくんない?」
「!それはもしかしてカメラの前で裸になるということですか?」
「まあ、上半身ぐらいは映るだろうね」
「私でいいんですかね?」
「相澤しかいないんだよ」
「それはあれですかね、『今裸にしたい男たち』的なことですかね?」
「それほどじゃないんだけど」
「ううむ。ストーリー展開上必要というのであれば・・・」
「ストーリーとかは別にないけど」
「それじゃ、ちょっとなー・・・・」
「だって相澤、鍛えてるって言ってたじゃん!」
遠回しに断ろうとしたが、そう言われてしまっては引き受けざるをえない。もともと自分の撒いた種だった。軽はずみに「鍛えてます」なんて言わなきゃ良かった・・・。

マウスを近づけると・・・!? |
「ハニーフラッシュ!」そして私は裸になった。10年ぶりの温泉リポートだった。もちろん腰にタオルを巻いたが、カメラの前で温泉に入るのはかなり恥ずかしかった。ハートがチュクチュクした。恥ずかしいのは我慢するとしても、気になるのはお茶の間の皆さんが見てくれるかどうかだ。放送日の翌日には毎分視聴率が発表される。もし自分の入浴シーンで視聴率が下がっていたら・・・・・。裸の自分をさらけ出したところで多くの視聴者にチャンネルを変えられたら、自分の全てを否定されたような気持ちになるだろう。何しろ視聴率が1%下がっただけでも大体8万人にそっぽを向かれたことになるのだ。これはきつい。
放送日の翌日、出社してすぐに毎分視聴率表を確認した。私の温泉リポートのところは・・・・上がっていた。その時期はウラ番組に大相撲夏場所があり、そこに裸の対決を挑んだ形だったのだが、いやー、ごっつあんです。実際のところほんのちょこっと上がっていただけで、相撲には全然及ばないのだが、ごっつあんですぐらい言わせてほしい。エイドリア~ンとかも言わせてほしい。私の中では勝ちだった。「私の中で勝ち」なんて一人相撲丸出しだが、安堵感と達成感があった。それだけ今回はプレッシャーがあったのだ。
「頑張ったな、俺」そう思うと、またまた悪い癖が出る。「俺の裸は数字持ってるんだよ」などと他局のアナウンサーに吹聴してしまった。すると、よく温泉から中継リポートなどをしている若手アナウンサーから「僕も見苦しくならない程度には体を鍛えてます」という反応が返ってきた。そう言われてみれば確かにがっしりしている。「見苦しくない程度」に鍛えてこのレベルなのか・・・・。帰り道、私はコンビニに寄り、カラダづくり雑誌「TARZAN」の筋肉大研究!号を購入したのだった。まだ読んでないけど。
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