テレビ愛知

Vol.040 文:相澤伸朗  
モンゴル草原乗馬学校体験記(2)
2004年9月24日更新
 乗馬は尻の痛みとの戦いといわれている。
馬の背中はかなり揺れる。その衝撃と摩擦により尻の皮がむけ、初心者の多くがパンツを血に染めることになるという。
 
尻を守れ!乗馬初心者にはスノーボード用の尻プロテクターという、クッションつきの短パンがオススメときいて、モンゴルに発つ前にスポーツ用品店に買いに行ったが、見つけることができなかった。夏はどの店でも扱っていないのだった。
 スポーツ用品店ではなく、釣具店に行くべきだった。ツアーで一緒になった人の中に、長時間座り続ける釣り人用のお尻プロテクターを持ってきていた人がいた。機能的にはスノーボード用プロテクターとほぼ同じだそうだ。これをズボンの上から穿く。格好いい。スポーティーなおむつといった佇まい。よほど快適なのだろう。腰のところには「GOLD TOUCH」と刺繍がされていた。うらやましいことこのうえない。
 一方、無防備に尻を馬の背にさらしていた者たちは、悲惨な目に遭うことになった。初日にいきなり尻の皮が擦りむけてパンツにひっついてしまい、三日間パンツを穿き替えられなくなった者もいた。彼は三日目の夜にはついに意を決してパンツを脱いだが、その後、とても恥ずかしい格好で軟膏を塗っていた。

 そんな中、私の尻の皮は最後まで無事だった。実はモンゴルに行く前に、三日間ほど乗馬学校に通い、馬の背中の動きに合わせて、軽く腰を浮かせて衝撃を和らげる方法をマスターしていたのだった。一応、乗馬検定5級である。

 しかし、日本の乗馬学校で教わった馬の乗り方とモンゴル人の乗り方は全く違った。モンゴル人は腰を浮かすどころか、あぶみの上に完全に立ち上がるのだ。立ち上がって、膝のクッションで馬の上下動を吸収して、上半身の高さを常に一定に保つ。そうすることで馬の上でも正確に弓を射ることができる。モンゴル人が騎馬民族として世界を震撼させたのはこの乗馬技術があったからなのだ。

 私もモンゴル式の乗り方に挑戦してみたが、立っていられなくてすぐ鞍の上にドスンと尻餅をついてしまう。そんなことを何十回も繰り返したせいで、皮は無事だった私の尻だが、尾てい骨が少し曲がってしまった気がする。一ヶ月たった今でも長時間座ると痛む。

 

日本の乗馬学校では馬のスピードには3段階あると教わった。並足、速足、駆け足である。乗馬検定5級のレベルではまん中の速足までしか経験しなかったのだが、モンゴルの草原乗馬学校では初日の最後にはもう、日本の乗馬学校では体験しなかったスピードを出した。雨が降りそうになってきたので、大急いぎで帰ったのだ。でもまだ、あれは速足の速い方ぐらいだったと思う。2日目、3日目とさらにスピードが上がっていった。ただ、どこまで速足でどこから駆け足だったのかはわからない。3段階というのはあまりに大きな分け方のような気がする。ちなみにモンゴル人は馬のスピードは5段階に分けるそうだ。


「相澤さんがきょう乗る馬は本当に速いですからね、あまり『チョー』と言わないで下さい」
 3日目、馬に乗るときにツアーコンダクターのエルカさんに言われた。『チョー』というのは馬を走らせるための掛け声だ。速い馬というのは、走るのが好きな馬だ。走りたくってしょうがないらしい。私は一度も『チョー』と言わなかったのに、いきなり大暴走を始めた。ちょっとスピードが出始めたときに、いつものように腰を浮かせたのを、馬は「走るための姿勢になった」と判断したらしい。恐ろしいスピードだった。みるみる他のみんなをはるか彼方に置き去りにした。馬はたずなを後ろに引くと止まることになっている。もちろん何度もたずなを引いたが、まるでスピードが落ちない。草原には時々ねずみが掘った穴があり、それを馬がふいによけた時に、振り落とされそうになったりもした。最後は後ろから乗馬インストラクターのナラ君が追いついて、ぐいぐい私の馬のたずなを引っ張ってくれてようやく止まったのだった。口がカラカラになっていた。声は出さなかったけれど、ずっと「うわー」という形で口を開けていたのだろう。

 その馬は、午後もやはり出発の時に暴走した。でも、2回目は私も少し余裕があった。ナラ君がまた追いかけてくれて、私の顔を覗き込んだが、私は「たぶん大丈夫」という表情で答えて、今度は自力で止めた。さっきもかなり強くたずなを引いたつもりだったが、もっと思い切り引かなくちゃだめだったのだ。今度は最初からグイっと引いた。ちょっと時間はかかったが、馬は止まった。
 それから私は草原の飛ばし屋になった。「何人たりとも俺の前は走らせねえぜっ」ぐらいの勢いである。馬にスピードを出させる掛け声もわかった。「チョー」よりも有効なのは、裏声で「Hoo!」だ。「チョー」はいくら言っても馬の気分が乗らない時は無視されて、チョーむかつくことになったりするが、「Hoo!」は効果覿面。一気に馬のテンションが上がって、グイッと加速する。「チョー」から「Hoo!」へ。女子高生からマイケル・ジャクソンへ劇的変貌を遂げた私だった。
「Hoo!」は乗馬インストラクターのナラ君が、そんな感じの高い声を出していたので真似したのだが、今回のツアーの代理店に貰った「モンゴル旅行のしおり」の中に書いてあった「乗馬中にしてはいけないこと」という項目の中に「奇声を上げる」というのがあった。「Hoo!」は禁じられた裏ワザなのである。
「Hoo!」の力で大暴走の時のようなスピードにもこちらの意志で上げることができるようになったが、モンゴル風の5段階のレベル分けではまだ「レベル4」だろう。大暴走の時だって、ナラ君に追いつかれたわけで。
それでも十分速いので満足していたのだが、4日目の夕方、レベル5をついに体験して、その気持ちよさにびっくりした。たわむれにちょっと競争してみようということになった時のことだ。

 ナラ君とエルカさん、2人の馬がギューンとそれまで見たことの無い加速をしていく。たまたま私は2人のモンゴル人の間にいたために、私の馬も負けじと、とんでもないスピードを出したのだ。

「本気出すとここまで速いのか!」自分と馬が一つの流線型の固まりになっているような気がした。馬はまん中の速度=速足が一番上下動が激しくて、そこから先はスピードが上がるほど揺れなくなるのだが、レベル5になるとホントにもう全く揺れない。地面に足を着く振動すら伝わってこない。地面から浮き上がり、スーッと滑っていく感じ。「まるで風になったよう」という表現もあながちおおげさではない。

 もう一度あのスピードを、あの快感をと、その後も「Hoo!」を連発したり、木の枝をムチがわりにしてバシバシ叩いたりしてみたが、あのスピードは2度と味わうことは出来なかった。どんなに頑張っても、私1人の力では馬を本気にさせることは出来ないのだった。なめられているのか、あるいは「あんまりスピード出すと、あんた落っこちそうだもん」という気使いをしてくれたのか・・・。いずれにしろ、最後まで馬には認めて貰えなかったようだ。




 モンゴル人男性は、日本人女性にモテモテ。もちろん馬に乗るのが上手いというのも理由の一つですが、それだけではありません。彼らは、日本人男性がすでに失っている大切なものをまだ持っているのです。次回「モンゴリアン・ハニカミズム」にご期待ください。

Nobuo Aizawa

 


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