テレビ愛知

Vol.042 文:相澤伸朗  
モンゴル草原乗馬学校体験記(4)
2004年10月6日更新
ゲルの上に虹が・・・
縄を引っ張るエルカさん
全壊したシャワーゲル
 モンゴルではゲルに泊まった。ゲルとは遊牧民の組み立て式移動住宅のこと。といっても、遊牧民のゲルにホームステイするのではない。アルタンブラグには日本人観光客向けに旅行代理店が運営しているゲル村があるのだ。「ほしのいえ」という素敵な名前がついている。「ほしのいえ」にはゲルが全部で13棟あり、その中にはレストラン・ゲルや、お酒が飲めるバー・ゲル、シャワーを浴びられるシャワー・ゲルもあった。
 ゲルは大体半径2メートルほどの白いドーム型の建物である。パオという呼び方をご存知の方もいらっしゃるかもしれないが、これは漢民族が遊牧民をちょっとバカにして使った言葉だそうだ。パオとは包と書き、包子(パオズ)に由来する。包子とは中華まんのこと。肉まんみたいな家に住みやがってということらしい。
 そういえば、知り合いの中国武術の達人が以前こんな話をしていた。
 「中国武術は中国の北の方で発展したんです。北方の遊牧民たちが攻めてくるのに備えて、普段から鍛えておく必要があったんです」
 パオという蔑称はモンゴルと中国のそんな歴史が生み出したものであるからして、日本人は軽軽しく使わない方がいいだろう。

 宿泊用のゲルの中は、壁沿いに4つベッドが並んでいて、見知らぬ者同士が一つのゲルで寝泊りすることになる。ツアーを申し込んだときに代理店の人にいきなり「相ゲルになりますが、よろしいですか?」ときかれ、一瞬戸惑った。相ゲルって言うんだねえ・・・。
 ゲルの中央にはストーブがあった。標高1500mほどの高原なので、8月でも朝晩はストーブを使うのだ。ストーブの脇に2本、柱があり、天窓を支えている。その天窓から縄が一本垂れていた。とても気になったので、モンゴル人ツアーコンダクターのエルカさんに聞いてみた。
「この縄は何ですか」
「強い風が吹いた時、ゲルが吹き飛ばされないように引っ張るためのものです」
「そんなことあるんですか!」
 いきなりそんなことがあった。初日の夕方、嵐に襲われたのだ。エルカさんが、縄を体に巻きつけるようにして引っ張る。私も慌てて、天窓を支えている柱をおさえた。風は相当に強い。屋根も壁もバタバタと激しい音を立てていた。屋根とか壁といってもフェルトと白い布でしかない。フェルトと布を木の骨組みにかぶせただけの建物、それがゲルなのだ。
 「ブヒー!ブヒー!ブヒーッ!」家が吹き飛ばされる恐怖。三匹の子豚のお兄さんブタたちの気持ちを味わった。私はこの緊迫した場面を映像に残そうと左手で柱を抑えながら、右手でバッグからビデオカメラを取り出しエルカさんに向けた。
「ヘヘヘヘヘ」
 エルカさんは、カメラが向けられると照れ笑いを浮かべるのだった。この映像は「私のモンゴル体験記」として、帰国後、番組の中でオンエアされたのだが、おかげで今ひとつ緊張感の欠けたものになってしまった。モンゴル人らしい含羞もここでは余計だった。
やがて嵐が去った。私たちのゲルは屋根を支えている棒が何本か落ちたのと、砂ぼこりだらけになったぐらいで済んだが、外に出てみると13棟あったゲルのうち、3棟が全壊していた。縄を引っ張る人がいなかったゲルだ。
 とはいえ、壊れやすいゲルはまた、組み立てやすいのでもあった。早々に復旧作業が始まった。
 まず床板を敷いたら、中央に2本の柱を立てる。その柱の上には天窓が載っている。格子状になっている壁の骨組みでぐるっと周囲を囲んだら、その骨組みから天窓の枠へ棒を渡す。これが屋根を支える棒になるのだ。
 せっかくの機会なので、私もゲル作りに加わった。といっても作業の手順もわからないし、モンゴル語で指示されてもちんぷんかんぷんなので、ちっとも動く必要のない、天窓を支える柱をおさえている係りを命じられた。じっと立って、柱を両手で掴んでいるだけだ。
 骨組みができたところで、私の役目は終わった。あとは、骨組みをフェルトと白い布で覆ってできあがり。50分ほどで完成である。釘や道具は一切使わない。
 しかし、シャワーゲルだけは復旧できなかった。ウランバートルから新たに材料を取り寄せなくてはいけないらしい。「ほしのいえ」は、「草原でもシャワーを浴びられる」というのが売り文句の一つになっていたのだが、いきなり初日の夜からダメになってしまった。
 結局、シャワーゲルの復旧は5日目だった。その間風呂に入らなかった。でも、ちっとも汚くない。少なくとも本人の感触としては。日本だったら肌がべとついたりするはずだが、ちっともそんなことないのだ。空気が乾燥しているせいだろう。
 それでも4日目に髪だけでも洗おうとみんなで近くの泉へ馬に乗って出かけた。
 きれいな泉だった。このあたりの土地の名前「アルタンブラグ」は黄金の泉という意味だそうだ。もしかしてこの泉のこと?とエルカさんにきいたが、「関係ないですね」とあっさり否定された。
 モンゴルの草原では、私たちが普段使っているようなシャンプーは使ってはいけない。環境に優しい、自然に分解される素材で作られた石鹸を使って髪を洗った。洗面器で水を汲んで、泉の外で髪をすすぐ。そういう石鹸を使っても泡の浮かんだ水を泉に流してはいけないのだ。
 泉の周りは緑が濃い。柔らかい草地が広がっている。エルカさんたちは相撲を取りはじめた。モンゴル相撲だ。シャツを脱いだエルカさんの背中を見て驚いた。筋肉でモコモコしている。絶対にこの人を怒らせてはいけないと思った。
 モンゴル相撲の組み手は非常に姿勢が低い。手で相手の足を取りに行く。エルカさんは相手の右足に手をかけた。相手がその手を振り払うために右足を引いて、左足が出たところへヒョイとエルカさんの足が伸びる。相手はひっかけられてあっけなく転がった。鮮やかだった。訊けば、昔選手だったとか。何があってもこの人を怒らせてはいけないと思った。
 そのあと、泉を越えて丘まで行くことになった。泉は浅いので馬に乗ってジャバジャバ渡っていく。馬というのは面白い動物で、小便は立ち止まらないと出来ないが、大便は歩きながらでないとできない。泉を渡りながら、私の馬がボトボトと落し物をしはじめた。何と言うことを!石鹸の泡も流さなかったきれいな泉に馬糞なんて。私は慌てた。「やめろ、このバカ馬が!漢字で書くと馬鹿馬が!」
 でも石鹸の泡の時とは違って、誰も気にしないのだった。やがて馬糞は泉の底に沈む。それでまた泉はきれいになるのだ。

 次回は、いよいよ感動のフィナーレ。『モンゴルぅ~、大草原の遊牧民にぃ~ 相澤伸郎が出ぇ会ったぁ~』にご期待下さい。徳光さんも号泣だっつーの!

Nobuo Aizawa

 


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