たとえ見知らぬ人であっても、ゲルを訪ねて来た人は全てもてなす。これが昔から続く遊牧民の慣習だ。私たちも馬に乗って、何軒か遊牧民のゲルを訪ねたが、どのゲルでも家族全員作業の手を止めて、暖かくもてなしてくれた。
写真が大好きなモンゴル人はカメラを向けるとポーズを取ってくれる。わざわざ2、3歳ぐらいの小さい子を抱き上げて仔馬に乗せたりもしてくれた。その子も最初はイヤがって泣いたりするのだが、写真のためだとわかると笑顔になる。とくにポラロイドカメラは大人気だった。せっかく撮っても、自分の手元にはほとんど残らないことになるけれど。
いろいろご馳走にもなった。ステイ・ツァイというモンゴル版ミルクティーや、乳製品、小麦粉を揚げたモンゴル版ドーナツなどなど。そして、どのゲルでも必ず出たのが馬乳酒であった。その名の通り、馬の乳を発酵させて作る酒だ。ゲルによって味は微妙に違ったが、おおむねすっぱいヨーグルトといった感じだった。
馬乳酒はアルコール度2~3%の弱い酒だが、モンゴル人はアルコールに滅法強いという。エルカさんによれば「モンゴル人は酒、金、記憶のどれかが無くなるまで飲む」そうだ。かなりの酒好きだ。中でも近年になって製法が伝わったウォッカが人気らしい。アルコール度は40%だ。
「ほしのいえ」のうちの1棟は、夜はバーになる。ここにもウォッカが置いてあった。その名もジンギスカンウォッカ。ラベルにはジンギスカンの肖像画が描かれている。でもそれは、映画ベスト・キッドに出てくる日系人、ノリユキ・パット・モリタにしか見えないのだった。エルカさんに「やっぱり、ジンギスカンを尊敬してるわけ?」と非常に軽軽しい口調で訊いたら、温厚なエルカさんが「もちろんですよ!」と「何を当たり前のことを訊くのだ」というかなり強い調子で答えたのでびっくりした。ジンギスカンはモンゴル人の誇りなのだ。ノリユキのことは胸にしまっておこう。
モンゴル人は、酒の席ではよく歌を歌うという。「ほしのいえ」で働くモンゴル人スタッフの中には、日本語を勉強している人も多いので、日本の歌を聞きたがった。バー・ゲルにはかなり古い日本の歌本が置いてあり、その中から千昌夫さんの「北国の春」をリクエストされた。渋好みだ。
「♪すぃらかばあ~」
コロッケさんテイストを入れて歌い上げてみた。モンゴルでは最近遊牧民がどんどん草原を捨てて、都会に行ってしまっているという。この「北国の春」の歌詞に共感できる部分があるのだろう。
「♪あのふるさとへ帰ろかな~・・・・あれ、実家が遊牧であっちこっち移動してたら、帰るに帰れないよね?」
「大体季節によって、どの辺にいるかはわかりますから、その一帯を探すんですね」
モンゴルでは里帰りも大変だ。
モンゴルの歌もたくさん聴いた。ほしのいえで働くモンゴル人スタッフの中には、民族楽器の演奏が出来る人が何人かいた。仕事の合間に練習して、夜になると日本人に披露してくれるのだ。芸術と仕事を両立させた生き方といえよう。うらやましい。
モンゴルの民族楽器と言えば、まず浮かぶのが馬頭琴。2本の弦を弓で擦って演奏する。モンゴルのチェロと呼ばれることもある。弦にも弓にも馬の尾の毛が使われる。棹の先には馬の顔が彫刻されている。乾燥したところの方がよく音が響くのでやはりモンゴルで聴くのが一番いいということになる。
パカラッ、パカラッという軽快なリズムで弾くと本当に馬が走っているような、お尻が思わずそれにあわせて弾むような曲になる。さすがに馬になれ親しんでいるだけあって、馬のリズムが実に上手く再現されるのだ。
ゆっくりとした曲はとても哀しく響く。強弱とビブラートを多用する演奏が、ものごとの移ろいや儚さを思わせるのだ。
ここで登場するのがホーミーだ。日本では「二つの声を同時に出す技術」みたいな紹介のされかたをしていたので、何のためにそんなことをするのかわからなかったが、よくわかってしまった。馬頭琴の演奏にとても合うのだ。浪曲のような喉を閉めた感じの渋くて低い声で「ウィ~」とメロディを歌うと、その中に笛のように高くてよく響く声が交じってくる。不思議な音だ。とても人間の声とは思えない。もともと岩山の上を行く風の音を再現しようとして生まれた歌唱法だそうだ。
「ウィ~」すでに出来上がっていた私は、ニセホーミーで演奏の輪に加わった。「ウィ~」という低くて渋い声だけなら、なんとなく似た声が出せたのだ。
すると、ホーミーの使い手でモンゴルの音楽大学を出ているというバチカ君が私の隣にやってきた。ホーミーを教えてくれるというのだ。バチカ君は日本語が出来ないので、ここからは身振り手振りだ。バチカ君は私の手を取り、自分の胸と腹を触らせた。胸は動いていなかった。腹式呼吸をしろということのようだ。腹はみぞおちのあたりがググっと下に向って動いていた。横隔膜を下に下げて声を出すのだ。
舌の位置は英語のLとRの中間ぐらい、口は親指を縦にして入るぐらいの大きさに開ける。この状態で首を絞められているような「ウィ~」という声を出す。苦しげであればあるほどいいようだった。空気が喉の粘膜をつよく擦るので、痛痒いことこのうえない。相当負担の大きい歌唱法である。それでもあの笛のような高い音は出ない。そこで次の練習へ。
顔の前に硬くて平らなもの、例えばタバコの箱を持っていって、それに向って「ウィ~」という声を出す。声を出しながら、箱を前後させて、顔との距離を変えると反響して「ファアン」というような別の音が出る。はは~ん。これでわかった。ホーミーの高い笛のような音は、直接高い音を出そうとして生まれるのではなく、「ウィ~」という低い音が反響することによって生み出されるのだ。実際のホーミーでは、箱ではなく口の中で反響させるのだが、反響するような声を出すことからまずマスターしなくてはいけないのだ。箱で反響する声なら口の中でも反響するということだろう。
バチカ君が隣でホーミーをやっているのにあわせて声を出して、口の前で箱を前後させていたら、案外簡単に反響音が出た。「それ!」と劇的にバチカ君と周りのモンゴル人たちの表情が変わった。「もしかして才能があるのかも」一瞬そう思ったが、1人でやってみると全く出来ないのだった。不思議とバチカ君のホーミーに唱和する時だけ出来る。何なのだろう?同じようにやっているはずなのに。でも考えてみればそういうものかもしれない。意識的にはできないことが、すぐそばにいると無意識にできる。わざわざ言葉の通じない本場に声楽や楽器の演奏を習いにいったり、スポーツ留学したりするのもそういう効果があるからだろう。
結局、最後まで1人ではできなくて、バチカ君から「毎日15分、根気よく練習するように」とエルカさんを通じて言われてレッスンは終わったけれども、日本でいくら唸ってもあの音は出ないんだろうなと感じていた。
バー・ゲルを出ると満点の星だった。半径数キロの巨大プラネタリウムだった。でも、どんな高性能のプラネタリウムでもあそこまでの星の数は映せないだろう。モンゴルで「元気出せよ、女なんて星の数ほどいるんだからさ」と言われたら、確かに元気が出そうな気がする。
天の川は確かに川だった。北斗七星のひしゃくがバカでっかい。おりしもペルセウス座流星群の季節。次々に星が流れる。
「うっひょ~う」
思わず声が出る。星が流れるたびに声を出していたら、他のゲルの宿泊客から「うるさい」と怒られた。その人たちだって前の日騒いでいたくせに忘れているのだ。実際に星空の下にいたら誰だって声が出てしまう。それほどの星空なのだ。
日本人は流れ星に大喜びだが、モンゴル人は流れ星があまり好きでないらしい。流れ星を見ると「あれは私の星ではない」と唱えることになっている。星が落ちるのは誰かが命を落とすという意味があるのだ。馬に乗って訪ねた遊牧民はどこも12人、13人という大家族だったが、モンゴル人の平均寿命は65歳ぐらい。草原では悲しい別れもたくさんあるのだろう。耳の奥で馬頭琴の哀しい響きが蘇ってきた。
ツアーの最後の夜はペルセウス座流星群の極大日だった。かなり遅い時間まで草原のあちこちから日本人の「うひょ~う」という声が聞こえた。バー・ゲルからはまた誰かの歌う「♪すぃらかば~」と「ウィ~」というホーミーが聞こえてきた。私はそんな声を悲しくベッドの上で聞いていた。吐き気と発熱。胃腸をやられてしまったのだ。「ウィ~」という声を聞きながら「ウェー」とやっていた。原因は馬乳酒か、あるいは料理か。モンゴルの料理は羊の脂を使って調理する。脂っこさに胃が疲れてしまったのかもしれない。
その夜、星空の下を散歩した人の話では、星が川に映っていたそうだ。何ということだ!私は大変なものを見逃してしまった。翌朝そんなことを聞かされても、もう取り返しがつかない。悔し涙でウルルンしながら、私のモンゴルウルルン滞在記はお終いだ。胃腸が回復するまで三日も苦しんだけれど、川に映る星か・・・やっぱりまたいつか見に行かなきゃダメだろうな・・・。
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