テレビ愛知

Vol.045 文:相澤伸朗  
天橋立からの手紙
 
2004年11月25日更新

 生まれて初めて、ハリウッドスターにインタビューした。トム・ハンクスさんである。ハンクスさんは新作映画『ポーラー・エクスプレス』のキャンペーンのために来日したのだ。来日といっても名古屋まで来てくれるわけではない。こちらから東京まで出向かなければならない。その日の朝、名古屋駅で出勤途中の他局の後輩アナウンサーに出会った。自慢したいときに年下の人に出会う喜び。早速自慢だ。
「これからトム・ハンクスにインタビューで東京よ」
「へー、すごいですねえ」
「それほどでもないんだけどね」
 自分で自慢しておいて謙遜するのだからいやらしい。そもそも「すごい」のはあくまでハンクスさんなのであるからして、この謙遜の仕方はちとおかしい。
「どこですか?場所は」
「六本木のグランド・ハイアット」
「ああ、六本木ヒルズですね。じゃあ、お気をつけて」
 グランド・ハイアットって言ってるじゃん!なぜヒルズになるかなー、とこのときは思った。よかった、聞き返さなくて。恥をかかずにすんだ。そのかわり六本木で迷子になったけど。グランド・ハイアットって、ヒルズの中にあるのね。


 今回のインタビューでは効率よくたくさんのインタビューをこなすため、インタビュールームにあらかじめカメラが2台用意されていた。大変な数のテレビ局が10分刻みでインタビューするのだ。わざわざ各社が自前のカメラを用意していたら、入れ替えの度にセッティングの時間をロスしてしまうことになる。
 一台のカメラはずっとハンクスさんを、そしてもう一台のカメラはインタビュアーを写すことになっていた。2人が一緒に写るのはイスに座る前に握手している時と、終わってまた握手する時だけ。2人別々の映像だけだと、本当にインタビューしたのか?などと言われてしまうことになるので、2人一緒に映る挨拶のシーンは確実にオンエアされることになる。実は見せ場の一つだったのだ。しかし、そんなことは現場につくまで全く考えていなかった。プレゼントも用意してこなかったし、ハンクスさんを笑わせられるネタもない。せめて英語の辞書ぐらいあれば何か考えられたかもしれないが、持っていない。何も準備できないまま本番を迎えた。

 「アイム グラッド トゥー シー ユー」
 結局それかよっ!である。この時ほど「とびっきり可愛い女の子に生まれたかった」と思ったことは無かった。そうすれば何も無くても笑顔でおもてなしできたのに。
後ろにマイクが・・・
 
OH!
 ハンクスさんは笑顔で「こちらこそ」と言いながら右手を差し出した。やっべえ。握手してるよ俺。完全に舞い上がった。手を離して、後ろに下がる私に向って、ハンクスさんが大きな声を出した。
「マイク!後ろのマイクに気をつけて!」
「えっ?」
 後ろを振り向いた瞬間、上からぶら下がっていたマイクに側頭部をぶつけた。キャー恥ずかしー。しかもぶつけた瞬間と言ってしまった。何が「OH!」か!「アイム グラッド トゥー シー ユー」しか話せなかったくせに、なぜ「OH!」だけさらっとアメリカンか!


 「リトル ナーバス」と緊張していることを白状すると、ハンクスさんは「Don’t be nerves」と優しく言ってくださった。通訳の戸田奈津子さんも「Calm down」と声をかけてくださった。そう、通訳はあの戸田奈津子さんなのだ。嬉しいけれどもそれもまた緊張の要因になっていた。ちなみに私の発した英語だけカタカナになっているのは、まさにそんな感じだからだ。

 『ポーラー・エクスプレス』はフルCGアニメーション映画である。フルCGアニメ自体は今までにも数々あったけれども、この映画ではパフォーマンス・キャプチャーという技術を使っている点が全く新しい。俳優の顔と体に印となるマーカーをつけてもらった上で実際に演技をしてもらい、マーカーの動きをコンピューターに取り込んでアニメーションにするという技術である。この技術を使ってハンクスさんは1人で5役を演じている。その中には8歳の男の子の役もある。男の子役に関しては声だけは子供が吹き替えたものだが、表情や動きは48歳のハンクスさんが演じたのである。
「子供を演じるのは難しくないですか?」
「周りが全部子役で自分だけ大人というのだったら、やりにくかったかもしれませんが、今回は子供の役は全て大人の俳優が演じましたからね。違和感はありませんでした。48歳から40年を取り払って、8歳の頃に帰るだけのことですよ。いろんな人になるのが私の仕事ですから、難しいことではありません」
 あーあ、今思えばここで実際に子供の演技を見せてもらうべきだった。直接「じゃあ、ここで子供の演技を見せてください」と頼むのはさすがに失礼だが、「大人を演じるときと子供を演じるときはどう違うんですか?具体的に目や眉の動かし方など表情の動きも変えたんですか?」などともう少し質問に工夫をしていれば、ハンクスさんのほうで「例えば・・・」という形で実演も交えてくれたかもしれない。名優の演技を生で見られたかもしれないのに惜しいことをした。今回の最大の反省点である。何しろ普通にインタビューに答えているだけでも、次々に魅力的な表情を見せてくれていたのだ。演技している時の表情も見たかった。

英語がわかっていない日本人
 それに引き換え、私の表情の乏しさよ。あとで私の1ショットを写したVTRを見て情けなくなった。ずっと曖昧な笑みを浮かべているのだ。典型的な『英語がわかっていない日本人』の顔である。ハンクスさんが面白いことを言ってるときも表情に変化が無い。あーあ、英語の勉強を続けて置けばよかった。私は何をやっても長続きしない。三日坊主ということはないが、1年坊主ぐらいで終わる。「1年坊主はグランド整備な!」中学、高校の野球部でいえば球拾いレベルである。
 この日私が口にした英語は、最初の「アイム グラッド トゥ シー ユー」と「OH!」と「リトル ナーバス」と最後の「サンキューベリマッチ」の4つだけだった。「OH!」もカウントしてるのが情けない。

後ろから戸田さんの手が・・・
 最後に握手をしたときにもハンクスさんに「マイクに気をつけて」と言われてしまった。私は冗談のつもりで受け止めたが、どうやら本当にまたぶつかると思われていたふしがある。あとでVTRを見てみたら、ハンクスさんが「マイクに気をつけて」と言うのと同時に、後ろから私の背中に戸田さんの手が伸びていて、マイクに当たらないように介添えしてくれていたのだ。私はよっぽど危なっかしい印象を与えていたようだ。トホホ。
Nobuo Aizawa

 


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