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FEAUTURE特 集

ザ特集

怪獣に人生をささげた男<後編>

19.08.01

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怪獣模型の製作で伝説の原型師と呼ばれた
男性が岐阜市にいます。

怪獣一筋の彼の人生にある転機が訪れます。

原さんには自治体から
講演の依頼もあるそうです。

「寝てもさめても怪獣ですわ。頭の中99.9%が怪獣のこと。
 飯が食べたいとか思わない。怪獣が見たいだけ。
 生きたかのごとく動き回る着ぐるみが・・・俺にとっての芸術。」
(原詠人さん)

岐阜県在住の原詠人さん。
63歳。

かつては玩具メーカー「海洋堂」の
トップクラスの原型師として
業界にその名を轟かせました。


原さんが作るのは怪獣模型。
まるで生きているかのような躍動感がマニアの間で話題に。

こちらの映画のポスターに描かれているゴジラのシルエット。
実はこれも、原さんのゴジラなんです。

ところが...

「海洋堂には悪かったけど、
 俺としてもどうしても出来なかった」
(原詠人さん)

原型師として10年勤めた海洋堂を突然去ることに...
一体何があったのでしょうか!?

「あの当時怪獣がどんどん売れなくなってきた時に
 ロボットがブームになってきた」
(原詠人さん)

ブームは怪獣からロボットへ。
原さんの怪獣は市場で受け入れられなくなっていました。

「寂しいというより自分の限界を思った
 原詠人は"ゴジラの原"と言われても
 ロボットの原とは言われない」
(原詠人さん)

造型の世界から離れ、職を転々とした原さん。

つらい生活を耐えてこられたのは、
いつも原さんの中に、「怪獣」がいたからでした。

「僕を生かしてくれた唯一の友達
 僕が生きていくためには本当に必要不可欠の素材
 ずっと怪獣はすばらしい物だと伝承していく一人の人間になりたい」
(原詠人さん)

そして再び「ゴジラ」が脚光を浴びている今。
原さんのくすぶっていた創作意欲に火がつきました。

「懐かしいですね。こんな感じ。」
(原詠人さん)

この日、原さんが訪れたのは、
かつての職場「海洋堂」の展示会です。

Q.「どれが原さんの作品?」

「3つともそうです。」
(原詠人さん)

自分の過去と、まっすぐ向き合えるようにもなりました。

「ありました!ガラモンがいました!
 300~400のイガイガが大変で
 発売が遅れた1つの原因だった。
 刺激になりましたね
 あの頃造型をやってた世界を思い出すと、
 また自分も作りたいと思う
 物をつくる仕事がしたい」
(原詠人さん)

怪獣に人生を捧げてきた原さん。

それが正しい生き方なのかどうかはわかりません。
でも今の若者たちにどうしても伝えたいことがあるそうです。

「今どうやねん
 どんだけ人が死んでいくの?
 追っかけやってる人おるやんか
 その人は生きがいで生きとる
 生きとる目標があって生きとる
 何かに転嫁すれば生きていく道はある
 生きがいを見つければ生きるという目標が出てくるはず
 それが今持てない子が多い
 その子が悲しいから追っかけも知らんし、
 ゴジラも好きじゃないし、
 ポケモンにも興味がなかったということじゃない?」
(原詠人さん)

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