FEAUTURE特 集

ザ特集

伊勢湾台風60年の"記憶"

19.09.26

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伊勢湾台風上陸から60年。
先日、当時の被害の様子を
記録した写真の展示会が名古屋で開かれ、
会場では当時を知る人たちの
生々しい体験が語られました。


9月13日から16日までの4日間、
名古屋市千種区である写真展が開かれた。

民家の1階のギャラリーに展示されていたのは、
伊勢湾台風の被災地の様子を収めた写真だ。
高潮に浸かった街や行方不明者の捜索の様子など
台風の被害と闘う人たちの姿を生々しくとらえている。


これらは、当時、愛知県警港警察署で次長をしていた
吉田宮一(よしだ・みやいち)さんが保管していた写真だ。
当時を伝える貴重な写真を「できるだけ多くの人に見てもらいたい」と
息子の誠(まこと)さんが写真展を企画した。

「どうぞみなさん(写真を見て)
 いろいろお話をしていただければと思います。」
               (吉田 誠さん)

写真展は盛況。
貴重な資料を一目見ようと大人から子供まで集まった。
そのうち、当時を知る世代の人たちが
口々に、自らの体験を語り始めた。

こちらの2人は、港区に住む幼馴染。
武市日乃子(たけいち・ひのこ)さんは当時中学1年生、
三輪梅代(みわ・うめよ)さんは当時小学5年生だった。

「ハードボード(建材)がガバーっと流れていて
(多くの人が)亡くなってた。家の中はもうくっちゃくちゃ。」
                  (武市 日乃子さん)

「足の踏み場もないくらい、
 タンスなんかも全部倒れたりしてた。」
           (三輪 梅代さん)

亘明彦(わたり・あきひこ)さんは、当時高校2年生、
千種区に住んでいた。

「「ゴォーゴォーゴォー」と風が吹いて家がしなるから、
 祈ってました、手を合わせて。
 翌朝、外を見たら約100メートル離れた2階建ての家が倒れてました。
 本当に恐ろしい台風だった。」
       (亘 明彦さん)

台風が過ぎ、学校に行ったものの授業はなく、
被災地の復旧活動に駆り出された。

「自衛隊のトラックに乗って毎日
 港区の汐止の方へ行っては土で土のうを作った。
 牛とか豚とかそういう死体はブイブイ浮いていました。
 2ヶ月間そういう生活をしていました。」
            (亘 明彦さん)

加藤佳孝(かとう・よしたか)さんは当時大学1年生。
住んでいたのは瀬戸市だが、
名古屋市内の救援活動にも駆り出された。

「(救援活動で)一番嫌だったのは、亡くなった方の運搬。
 あそこの写真にむしろがあるでしょ?
 南区役所と本城中学校の校庭に並んでいるんです。」
                 (加藤 佳孝さん)


伊勢湾台風から60年。
子供たちにも「災害の記憶」を引き継ぐことができたようだ。
しかし吉田さんは、この写真展を2019年限りにしようと考えている。

「この貴重な写真を私が個人で持ってしまうというのは、
 あまり適切ではないだろうと。
 写真をいろいろな方に見ていただいてそしてこれを後世に伝えて、
"できるだけ被害が少なくすることができるように"ということを思って
 活用していただきたいというのが願い。
 もう私の手から放そうと思っています。」
           (吉田 誠さん)

吉田さんは現在、写真の寄贈先をさがしています。


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