私が走って帰るわけ
最近、最寄りの駅から家までダッシュして帰っている。猫が心配なのだ。
ウチの猫は膀胱炎である。しょっちゅうトイレに行っては、ちょこっとだけ小便をして出てくる。尿を溜めることができないのだ。おまけに血尿だったりする。
毎日薬を飲ませれば2週間で完治するというが、薬を飲ませることができない。引っかかれたり、噛み付かれるのは当たり前、口をこじ開けようとしても恐ろしい力で歯を食いしばり、薬を口に入れることが出来ない。仕方がないので、薬を飲ませる代わりに、毎日病院に連れて行って、注射を打ってもらっている。
診察台の上でもかなり暴れるので、洗濯ネットを持ってくるように言われ、注射の際はそのネットをかぶせる。最初の2回はネットをかぶせるともう逃げられないと観念しておとなしくなったのだが、3回目からはネットをかぶったまま診察台から飛び降りたりするようになり、ネットの上から前足をおさえつけなくてはいけなくなった。看護婦のいないこの病院では私が前足を押さえつけなくてはいけない。
「痛っ!」
猫がネット越しに私の手の甲を激しく噛んだ。今までも何度も噛まれたことはあったが、これほど強く噛まれたことはなかった。血が結構出てきたので、傷口を水で洗って、消毒した。猫の治療に行ってるはずなのに、私が手当てを受けてしまった。
そして、診察台の上には猫のもらした大小とりまぜた便が。全くなんと手のかかる猫だろう。
その晩、猫の爪を切ろうとしたら、また私の手を噛もうとしたので、バチコ~ンと張り手をかましてしまった。爪を切るときに噛まれるのは日常茶飯事なのだが、この時は病院で噛まれた時の痛みが蘇り、「貴様、まだ噛むか!」とキレてしまったのである。
逃げた猫が驚いた顔で遠くから私の顔を見ていた。よほど恐ろしかったのだろう、いつも私が横になるとベッドの上に乗ってきて寄り添ったりするのだが、その晩、猫の体温を感じることはなかった。
ところが、翌朝目を覚ますと、何事もなかったかのように猫が擦り寄ってきた。一晩たったら忘れてしまったのかもしれない。私は前の晩叩いた背中を優しく撫でてやった。「ごめんな」とか言いながら。完全に猫に負けている。こうして、きょうも駅からダッシュして帰ることになるのだった。