「うわー、キレイな10時10分だー」
車内が笑い声で溢れた。私のハンドルの持ち方があまりに基本に忠実だというのである。その他にも「シートが前すぎ」とか「姿勢がよすぎ」などとも言われて笑われた。なぜ笑うか!みんなだって「シートはブレーキペダルをしっかり踏めるように前目に、背もたれは立ち気味にして尻と背中をぴったりとくっつけて座るように」と教わったはずだろう?それにこれぐらい基本に忠実に、しっかり緊張感を持って運転しないと、キミらだって不安じゃないのか?キ ミらの命を預かってるのは俺なんだからな・・・・。
「日本海へ相澤さんの運転する車で海の幸を食べに行こう!」
そんな話が10日ほど前の会社の忘年会の席で出た。もう午前2時を回っていたと思う。そんな酒の席での約束などたいてい実現しないものだが、実現してしまった。命知らずたちめ!俺は3ヶ月前に免許を取ったばかりで、まだ10数回しかハンドルを握ったことがないんだぞ!1500cc以下の車しか運転したことない人間に、いきなり8人乗りミニバンの運転を任すなんて!
笑い声が悲鳴に変わった。黄信号でブレーキが遅れたのだ。8人も乗ってるとブレーキの利きが悪い。早め早めのブレーキを心掛けなくては。そう肝に銘じる。・・・・それなのに、その2分後にまた同じことを繰り返した。
目的地は金沢だ。名古屋ICから高速に乗る。入り口で通行券の発券機にうまく近づけず、必死に手を伸ばす。「んぐ~」ともがく姿をたっぷり30秒ほどこんな大人数にさらしてしまった。
出発して15分の間に次々に運転技術の拙さを見せつけられて、車内には「これは手助けをしなくては本当にキケンな目にあいそうだぞ」という空気が流れ始めた。
「今だ!」
高速道路の合流の時にはみんながタイミングを指示してくれる。いい声が出ていた。大変な盛り上がり(?)である。
盛り上がりすぎて、迂闊に独り言も言えなかった。私が「おお!いい眺めだ」とか「ああーっ!この曲知ってる」などと口にすると、そのセリフの頭の部分の「おお!」とか「あーっ!」という部分だけに敏感に反応して「何!トラブル?」「どうした!」「うわー」「ぎゃー」という声が次々にあがり、「いい眺めだ」とか「この曲知ってる」というコメントはすっかり掻き消されてしまい、車内は恐慌状態に陥るのだった。
逆にジャンクションのぐるぐるループではみんなシーンと静まりかえっていた。
「えっ?何でみんな息止めてんの?」
思わず聞いてしまった。みんなカーブの遠心力で外側になぎ倒されるのを警戒していたのだった。・・・・あるいは警戒ではなく、期待だったのかもしれない。一斉に「うわー」とか言いながらなぎ倒されたら盛り上がったかも。みんなそのタイミングを今か今かと待っていたのになかなか来なくて、あの息を止めたような状態になったのかもしれない。
しばらく走っていたら、変なところに力が入っていたせいか右の肋骨周辺がとても痛くなった。生まれて初めて感じる痛みだった。しかし、その緊張も徐々にほぐれ、調子に乗って追い越しに挑戦することにした。
「よしっ!」
そう言いながら、右ウインカーを出して車線変更しようとした瞬間に右脇を車がすり抜けていった。運転席の窓と後部座席の窓の間の壁の影に隠れて見えなかったのだった。危ないところだった。
「・・・・今の『よしっ!』は何だったんですか?」
助手席の大久保が再三聞いてくる。小声で言ったのにしっかり聞こえていたようだ。チッ!「よしっ!」とか言わなきゃよかった。「いや何でもない」とか「ちょっと自分に気合を入れただけだ」とウソをついた。
その後は慎重に確認した上で追い越し車線に入ったが、右側ばかりチラチラ見ているうちに、ハンドルを握っていた両手が首の向きと逆の方にねじれたらしく、いつのまにか車がかなり左に寄ってしまい、またまた車内から「うわああ」という声があがったりした。
ハンドルを握って1時間半、賤ヶ岳サービスエリアで車を止めた。駐車場に入ってすぐ、停めやすそうなスペースがあったので駐車したところ「えー、こんなとこで止めちゃうんですかー。もう少し売店に近い場所で止めないんですかー」という声が一斉にあがったが、もう停めちゃったんだから仕方がない。
車を降りてからも大久保から「あの『よしっ!』が怖かった」と言われ、他のみなさんからも「そろそろ疲れたんじゃないですか」と暗に交代を迫られたので、大久保に運転を代わってもらうことにした。
再び車に乗り込み、大久保が車を走らせ始めると20mも進まないうちに歓声があがった。
「すごーい!車って、運転する人でこんなに変わるんだ」
「安定感が全然違う!」
「何かシャキシャキしてるー」
何だよ、シャキシャキって・・・・。
つづく