一年間のブランクを経て、再び英会話教室に通い始めた。私の場合、英会話教室でも行っておかないと、休日に誰とも言葉を交わさない恐れがある。「あれ?そういえばきょう英語しかしゃべってないじゃん!」というものすごく国際人みたいな休日もあるが、それは英会話教室以外で人と会話しなかったということである。
一年間休んでいたのに、復帰してみたらなぜだかさらに上のレベルのテキストに変わった。しゃべる内容がより複雑になってきた。
例えば、講師が女優を夢見て頑張っている若者を演じ、私は「才能がないから、他の職業に就いたほうがいいんじゃないの?」ということをうまくオブラートに包みながら言ったり、講師がギャンブル大好きな人の役で、私はその妻から「あの人にギャンブルをやめさせて」と泣きつかれて、やめさせたりするのだ。
英語もさして得意というレベルではないが、それ以上に私が苦手としているのが人のプライバシーに入り込むことである。そのうえギャンブルには全く興味がなく、そんなものにのめり込む人の気持ちが全く理解できない。
「今までの人生で何かにのめり込むほど夢中になったことはない?」
講師のリニーに訊かれた。リニーは大学を卒業したばかりの可愛らしいお嬢さんだ。
「私は昔ドラクエに2、3週間かかりきりになったことがあるわ。今となってはなんであそこまで夢中になったかよくわからないんだけど・・・・・」
今となってはなんであそこまで夢中になったかわからないといえば、私の場合、アレだ。
「おニャン子クラブ・・・・」
「何?それは!」
やばい。食いついた。まあ、食いつくか・・・。
「おナ?」
「おニャン子クラブ」
「おニャ・・・?」
「おニャン子クラブ」
「おニャン?」
「お・ニャ・ン・子・クラブ」
繰り返し正確に発音させられるハメになり大層恥ずかしかった。マンツーマン英会話とはいえ、となりのブースとはパテントで区切られているだけだから、周りの日本人生徒たちにも丸聞こえだ。でもしょうがない、外国人であるリニーには、中年男性が「おニャン子」と口にすることの恥ずかしさはわからないのだ。
それにしてもおニャン子クラブというグループ名の由来や「セーラー服を脱がさないで」「およしになってねteacher」、まして「象さんのスキャンティ」などと言った楽曲について、可憐なお嬢さんに説明するのはためらわれ、顔を赤くして「アー」だの「ウー」だの言っていたら、リニーは何かを察したらしく「話したくないなら話さなくていいから」と言ってくれた。とりあえず「80年代のモーニング娘。」というおおよその説明だけしておいたが、そんなグループのコンサートに私が足繁く通っていたということだけでもリニーにはバカウケだった。
そもそも何で私はおニャン子クラブに夢中になってしまったのか?ここから先はさらにいろいろ説明しづらいので黙っておいたが、私は22年前のある日を境に急にファンになったのだった。
夢におニャン子クラブのメンバーが出てきたのだ。
「夢に出てきた人を好きになる」というのは日本の男子高校生に特有の現象かもしれず、理解してもらえない恐れがある。やはりリニーには黙っておくべきだったろう。
夢の中でそのメンバーはウチの高校の体育の授業を見学に来ていた。ちょうど柔道の授業中であり、なぜか私がクラスを代表してその子に「袈裟固め」という寝技をかけることになったのである。技をかけた後私は「僕ばかり技をかけるのも失礼なので、今度はかけて下さい」とお願いした。何が失礼にあたるのかよくわからないが、私の言葉に素直に従ったその子に袈裟固めをかけられたとき、恋が始まったのだった。
こんなエピソードはやはり、リニーには話せない。「袈裟固め」を英語で何と言ったらいいかもわからないしね。