2月のある木曜日の夕方、取材から戻ると、私の机の上にヨン様の写真が置かれていた。
「日曜日にこれになってもらいます」
広報部・大久保(♀)が置いていったものだった。
日曜日に事業部・山川(♀)の誕生パーティーが行われることになっていた。
そのサプライズ企画として私がヨン様に変装するらしい。
しかし、なぜ今ヨン様なのか・・・・。
さらに翌々日の土曜日、大久保からメールが来た。
「青系か白のマフラーとストンとした感じの白か水色のハーフコートを持ってませんか?」
マフラーは赤系しかないし、コートは黒しか持ってないと返信したところ、「じゃあ、マフラーはこちらで用意します。黒いコートと普段かけているメガネを持ってきて下さい」というメールが返ってきた。
あのメガネとコートでいいの!?まるでヨン様じゃないんだけど・・・・。
でも大久保はあまり気にならないらしく、とっとと私の当日の段取りを決めて、命令書を送ってきた。
「パーティーの途中で頃合を見計らって着替えてください。カツラとマフラーは店の人に預けておきます。着替えたら『サランヘヨ』と言って山川さんに雪だるまを渡して下さい」
私がやるべきことはわかったが、最後まで一番大事なことについては触れずじまいだった。
何故ヨン様なのだろうか?
きっと山川の理想のタイプが実はヨン様か、今ごろになって冬のソナタにはまっているかだろう。今までそんな情報を耳にしたことはないが、特に説明がない以上そう理解するのが自然だ。うん、たぶん、そうだ。
当日の夜。店に到着するとすでに山川と大久保、そして事業部・加藤がいた。
3人とも30代の独身女性である。
誕生日パーティーだけに自然に年齢の話になり、いつのまにか世の中の男性に対しての憤りを吐き出す会になっていた。
「男たちは賞味期限を気にしすぎなんだよっ!」
男たちよ、もっと30代の女性に目を向けろということが言いたいらしい。
「若い女の子なんか生モノと同じで危ないよ。お腹壊すことだってあるよ」
仲間の一人が最近生モノに当たって大変な思いをしたという事件があったために、こんな例えが出てきたようだ。
「新しければいいってもんじゃないよっ!」
たぶん生モノの件に関しては本当に新鮮なモノだったら当たらなかったはずなので、新しければいいってもんだと思うけれど、彼女たちが言いたいのはそういうことではなく、「私たちはいろいろな世間の風にもまれているうちに、新鮮さ以外のおいしさを醸し出せるようになってきてるのよ」ということらしく、こう続けた。
「私たちはちゃんと調理してあるからお腹に優しいもんね。賞味期限切れてもおいしく食べられるよ」
その当時大きな問題になっていた「賞味期限の改ざん」という言葉が脳裏をよぎり、思わず眉間に皺を寄せた私をチラリと見て、山川がフウーッと息を吐きながら言った。
「まあ、本当に大切なものは目に見えないってことやね」
えーっ!
どこからその結論は導き出されたの?
三段階ぐらい手続きをすっとばしたような唐突さに面食らってしまったが、どうやら「『30代女性のおいしさ』、つまり『30台女性の内面の美しさ』は目に見えないから男性になかなかわかってもらえない。見た目だけでなく、もっと中身を見て」ということが言いたかったようだ。
つづく