今、脳の衰退が叫ばれている。私の中で。いろいろな人や物の名前が出てこないのだ。
先日も髪をショートカットにしてきた女の子に「ハウルの動く城でキムタクが声をやってた魔法使い、なんていったっけ?あの髪型みたいね」と言ったところ、「あの魔法使いがハウルじゃないですか!」と突っ込まれてしまった。そういえばそうね。
脳の活性化の最も手ごろな方法として、「入ったことのない店に行く」というのがある。いつもの店に行って、「いつものやつ」なんて注文するのと、初めての店で見たこともないメニューの中から選ぶのとでは脳みその運動量がまるで違う。それに初めての店に入るとドキドキするが、このドキドキがとてもいい刺激になるらしいのだ。
「いっちょドキドキしてやるか!」そんな気持ちで美容室に行ってみた。もっぱら床屋さんを利用してきた私にとってはかなりドキドキ度の高い試みであった。
その店の入り口は「2001年宇宙の旅」を連想させる未来的なデザインになっていた。うっひょう。ドキドキするぅ~。受け付けで名前を書くと、「メガネお預かりします」と言われ、メガネを取り上げられた。メガネがないと全然見えないので段差でこけそうになった。
私の担当は若い女の子だった。これまたドキドキだ。これこそが美容室の醍醐味であろう。加藤ローサに似ていたと思う。メガネを外していたのでよく見えなかったけれど。
「本日担当させていただきます○○です。よろしくお願いします、相澤さん」
えっ!なぜ俺の名を・・・・受け付けで名前を書いたからだった。でもいきなり名前を呼ばれるなんてこと床屋さんでは考えられない。さらにドキドキ度アップした私から会話の口火を切った。これも床屋さんでは考えられないことだ。
「入り口のところは未来的なデザインだったのに、髪切る部屋は真っ白で、やたらシンプルですね」
「60年代風のデザインなんですよ」
ふーん。ただの真っ白の部屋もそういわれるととってもお洒落なものに思えるから不思議だ。
「あと角のところが全部丸くなってるのも特徴なんですよ」
確かに床と壁の境目や壁の四隅が全て丸みを帯びていた。そんなところを丸くしているヒマがあったらあそこの段差をなんとかすればいいのに。
「相澤さんいつも髪は短くしてるんですか?」
「そうですね」
「私もこのぐらい短くしてたことあるんですよ。昔剣道やってたんですけど、髪が短いと強く見えるから・・・・」
「えっ!面かぶったら髪形なんて関係ないじゃん!」
ちっとも腑に落ちないが、実際強く見えるらしい。あとポニーテールの人も強く見えるそうだ。ポニーテールなんて言葉久々に聞いた。こんな話題も美容室ならでは。「やっぱり剣道着は白だったのかい?」などという質問ができるのもまたドキドキしてよい。床屋さんだと「いやー、景気がねえー」なんて話ばっかだもの。
「相澤さん、もみあげはいつもどうしてます」
「いつもスパッと落としてます」
「伸ばした方がかっこよくなりますよ」
「そうかなあ」
「わかりやすい例がイチロー選手です。昔もみあげなかったですよね。今の方がずっとかっこよくないですか?」
確かにそうだ。今回はもみあげを落とさずに残してもらった。
今までもみあげを伸ばすなんて考えたこともなかった。伸ばした自分の姿を想像してみようとしなかったのだ。こういうところで脳みそを使わないから衰えてしまうのだ。いつもの店に行って「いつものやつ」と注文するのと同じようなことを私は日々重ねてしまっているのかもしれないと改めて感じたのだった。