ホテルの敷地内にある熱帯雨林は26haもの広さがあり、宿泊客のためにその中を見て回るさまざまなツアーが用意されていた。中でも一番人気はオランウータンツアーである。
「ここには2歳から7歳のオランウータン6頭が保護されています。通常オランウータンは8歳まで親と暮らすのですが、彼らは密猟や森の火事で親を失ってしまったのです」
ガイドから簡単な説明を受けたあと、熱帯雨林の中をぞろぞろと一列になって歩いていく。参加者は20人ほどである。5分ほど細く険しい山道を登っていくと、オランウータンのエサ場があり、すでに3頭のオランウータンが集まっていた。15mぐらい離れたところから観察する。まだ子供なので動きがいい。まるでカメラを意識しているかのように、左手と右足で別々の木をつかんで全身を目一杯伸ばしたポーズや、両手で枝にぶら下がりながら、モンキーバナナをつかんだ片足を高々とあげるY字バランスのようなポーズをとったりする。「ああん、また!」いったんデジカメの電源を切った人も、そんな魅惑のポーズを見せられるとまた電源を入れ直し、シャッターを切る。まるで際限がない。一体何枚撮ったやら。
その後移動することもなく、このエサ場でひたすらオランウータンを見て、写真を撮り続けるだけのツアーだった。ガイドの男性は最初の説明のあと何も解説を加えず、飼育係の女性とベンチに腰掛け、とても楽しそうにおしゃべりをしていた。明らかにお互いに好意を抱いている感じだ。くそーっ!俺の目の前でなんということを!お前らに土の字になって寝る者の気持ちがわかるか!初めのうちは、2人がオランウータンがいる方向と逆方向のベンチに座っていたのであまり見ないですんでいたのだが、オランウータンたちがだんだん移動して、やがてこのカップルの背後に回ってしまったため、見学者20人はカップル越しにオランウータンを見るはめになった。オランウータンを見ているんだか、カップルを見てるんだかわからない状態だ。それだけの視線を浴びながらも2人はよっぽど楽しいのか、ベンチから立ち上がろうとしない。普通どくでしょ!「ここはおしゃべりするところじゃありません。オランウータンを見るところです」強い気持ちでカップルのベンチの裏に回る。すると他の客もぞろぞろと私の方に移動してきた。みんなカップルに遠慮していたのだ。バカバカしい。カップルはぐるりと見学者に囲まれた形になり、やっと立ち上がって場所を空けた。正義は必ず勝つ。小さな達成感があった。
つづく