真夜中に名古屋を出たら、尾道に朝7時半に着いた。到着時間も予定外だが、もう一つ予定外だったのが、尾道の冷え込みだった。私は大林監督が「尾道は冬でもセーター一枚で過ごせる」と言っていたインタビュー記事を目にしたことがあったので、かなり薄着をしていたのだ。
「何だよ!寒いじゃんか!オオバヤシィー!」
あんなにリスペクトしていたのに、到着早々呼び捨てである。私は寒いのが本当に苦手なのだ。かといって、寒さをしのごうにも、朝早すぎて喫茶店などはまだ開いていない。背を丸め、ポケットに手を突っ込んだままブラブラしていたら、フェリーの乗り場があったのでとりあえず乗り込んだ。
わずか3分の船旅で対岸の向島に到着した。この向島では現在、この冬公開の映画「男たちの大和」の撮影に使用された大和の実物大ロケセットが公開中であったが、案の定、公開は9時からで、まだ1時間以上あった。軽く途方に暮れていたら、レンタサイクルの看板を見つけた。自転車で行きたいところなどなかったが、とりあえず借りてみる。地図を見て検討したところ、向島からさらに橋で結ばれている外周2,45kmの小さな島、岩子島をサイクリングするのが、9時まで時間を潰すには最適という結論に達した。
大間違いだった。地図からは道の起伏まで読み取れなかったのである。自転車を漕いで登れるぎりぎりぐらいの上り坂と下り坂の連続であった。紅葉とミカンで赤、黄色、オレンジに染まった山と、緑色の瀬戸内海のコントラストは鮮やかだったが、楽しむどころではなかった。
1時間半のサイクリング、というよりワークアウトを終え、やっと大和を見に行く。大和を展示している日立造船向島西工場の敷地はかなり広いため、門を入ってからバスで大和の所まで移動する。
バス乗り場で観光客を案内していたのは地元のシルバー世代の人たちだった。バスを待っていたら、そのうちの一人、戸田さんという方が話し掛けてきた。
「もうどっか回ってきたんか?」
「岩子島を自転車で一周してきました」
「へええ、そりゃ、ご苦労だったね」
わざわざそんな物好きなというニュアンスがこもっていた。
「どっから来たんだ?」
「名古屋からです」
「名古屋か・・・・名古屋の人は結婚式に金をかけるって本当か?」
「まあ、そうですね」
「息子が名古屋で暮らしとって、近々あちらの人と結婚するって言ってんだけど、結納金はいくらぐらい払えばいいんだ?」
「結納金ですか・・・・・・、うーん、100万円ぐらいかなー?まあ、一口に名古屋といっても、場所によってかなり違うんでねー、あんまり確かなことは言えないんですけどねー」
結納金・・・・・われわれ、チーム・さびしんぼうが最も苦手とする分野である。曖昧な情報しか提供することができない敗北感。だめだなー、俺たち・・・・・。口にはしないが、そんなムードに包まれた。旅の出だしから、体力的にも精神的にもダメージを受けてしまっていた。
バスに乗り、大和に到着。間近で見る大和のセットは本当に巨大であった。実際の大和の全長263mのうち、190m分も再現しているそうだ。その大和の上でも、シルバー世代の案内係が活躍していた。頼めば、カメラのシャッターを押してくれる。
「はい、ヤマト!」
チーズというかわりに、ヤマトが掛け声になっていた。戦時中の人々が「大和」という言葉を口にした時の思いと、「はい、ヤマト!」のギャップ。つくづく平和でよかったと思う。
われわれは、自分たちが写真に収まることよりも、この巨大な実物大セットの迫力をいかに写すかに腐心していた。実物大セットといっても前の方と上の方は再現されていない。映画の中ではCGで描かれるのだ。この欠けている部分は写らないようにしながら、セット全体の大きさが伝わるような写真を撮ろうとするのだが、これがなかなか難しい。3人とも別に写真が趣味というわけではないのだが、やはりテレビマン、ちゃんとした画が撮れないと気持ち悪いらしく、何度もトライしていた。一人でそんなことに延々とこだわっていたら旅のペースを乱してしまうことになるのだが、3人ともそういうタイプの人間だったので、のびのびこだわることができた。「俺たちは同じ方向を向いている」3人とも心の中で確認した。今回のツアーがかなりマニアックなものになることが決まったのはこの時であった。
大和を見学し終わり、またバスで門の所へ戻ると、さっきの戸田さんがまた話し掛けてきた。
「うまいラーメン屋を教えてやろう」
さっきの漠然とした結納金情報のお礼ということだろうか。
「朱華園と、つたふじ。この2軒は絶対うまいぞ」
「その2軒だとどっちがうまいですか?」
「うーん。どっちかなー。うーん・・・・・・」
なかなかどちらか決められないようだった。考え込む戸田さん。
「どっちなんですか?」
結納金について聞かれた時は、あんなに曖昧にしか答えられなかったくせに、他人にははっきりとした答えを求めるわれわれだ。
「うーん・・・・、やっぱり世界一は朱華園だな」
そうか、単にどっちの店がうまいというレベルではなく、どちらが世界一かを決めていたのか。それはなかなか結論も出ないはずだ。
「でもなー、個人的な好みはつたふじだなー」
などとまだグダグダ言っている戸田さんを背に、われわれは再びフェリーで尾道に戻り、世界一の座を手にした朱華園へと向かった。
10時58分、朱華園に到着した。まだ開店時間の2分前のはずだったが、すでに客席の半分が埋まっていた。さすが世界一だ。
尾道ラーメンは、麺は平麺、スープには瀬戸の小魚のだしを使い、豚の背脂が浮かぶという特徴を持っている。朱華園は典型的な尾道ラーメンを味わえる店として、全国的にもその名が知られている。世界的に知られているかは微妙であるが・・・。一口すすった瞬間から「うおっ!」と声が出る美味さだ。麺やスープがいいのは当然、「チャーシューもいいねー」と私が言えば、「メンマもいいですよ」と山根が答える。さすが世界一、一分の隙もない完成品だ。そんな中でわれわれが深くうなづいたのが、大久保の「脂が体に染みるって感じ」という感想であった。ハードな自転車漕ぎで、筋肉や関節がギコギコ軋んでおり、そこにこの脂が挿さっていく感じであった。かなり元気を回復して店を出た。まだ11時25分というのに、店の前には行列が出来ていた。さすが世界一である。
つづく