夕食は瀬戸内の魚だ。予定していた店が予約でいっぱいであることが判明し、新たに店を捜すことになった。われわれの希望は2つ。まず、オコゼのから揚げが食べられること。オコゼは日によって入らないこともあるらしい。そして、大久保からは「カウンター席で店の大将と『あーでもない、こーでもない』って言いながら食事がしたい」という要望が出た。なぜそんな「あーでもない、こーでもない」という否定的な意見をぶつけたいのかよくわからないが、ともかくカウンター席で地元の人と会話がしたいということだった。
大久保の懸命な電話取材によって条件に合致する店が見つかった。カウンター席に座ると、正面の大きないけすではフグやエビ、ヒラメにオコゼが泳いでいた。
「えーっと・・・・・・」
このような高級な店のカウンター席に座るのは初めてだったので、どう切り出したらいいのかわからない。
「すいません。お任せでおねがいします」
「あーでもない、こーでもない」どころか、全くの受身なオーダーしかできなかった。まず、カレイの刺身、そして待望のオコゼのから揚げが出てきた。オコゼの身はふわっとやわらかい。感動した山根が店の大将に賞賛の言葉を投げかける。
「雪のようにやわらかいですね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
音沙汰なし。決して無口な大将ではなかったが、「雪のように」という例えが全くピンと来なかったらしい。それにしても何か愛想笑いとかしてくれてもいいのに・・・・・。痛みを感じるほど長い沈黙だった。やはり大将相手に「あーでもない、こーでもない」なんてやり取りができるようになるにはまだ早いわれわれだ。「あーでもない、こーでもない」の矛先は自分たちに向かっていく。まず、私が大久保のファッションにダメ出しをする。
「大久保はさあ、いつも割とカジュアルだけどさー、もっとピシッとした格好した方がもてるんじゃないの?できる女って感じのスーツで決めてくればいいのに」
「でも私、グレーが似合わないって店の人に言われたんです」
「それはさー、何とかしようよ」
何とかって何だ。「何とか」しか言えないくせにアドバイスするなって話だ。その程度のアドバイスで力尽きた私にかわり、山根が別のラインから大久保を攻め立てる。
「大久保はさー、男もグレーを何とかしろよ」
「男もグレー?」
「お前はさ、男を白か黒にはっきり分けすぎなんだよ」
この場合の白黒とは「つきあってもOKかNOか」ということである。
「白と黒の中間のグレーの男をもっと大切するべきだよ。グレーゾーンの男ととりあえずつないでおけばそこから白に変わるかもしれないのに、お前は最初からグレーも黒にしちゃうから」
神妙な面持ちで聞いている大久保。ちょっと一方的に言い過ぎたと思ったのか、山根から新たな提案がされた。
「一人一人、今年の目標を言っていきましょう」
今年も残り一ヶ月と言う段階で「今年の目標」を語り合うこと自体が手遅れである。
「僕はこれまで見逃し三振が多かったんで、これからはどんどん振っていこうと。見逃し三振じゃなくて、空振り三振していこうと思います」
例え好きの山根が、今度は恋愛を野球に例えてきた。三振前提なのが、悲しい。
「俺は今まで大きな当たりばかり狙いすぎていたところがあるから、バッティングフォームを改造しようかな。もう少しシュアなバッティングで打率をあげないと・・・・」
山根に倣い、私も恋愛を野球に例えてみた。
「野手の間を抜けるような当たりを打ちたいな・・・」
もしかして私は馬鹿になってしまったのだろうか。自分の発した言葉の意味がわからない。野手の間を抜ける当たりとは、一体どういう女性を例えたものなのだろうか?
会話の内容からもおわかりのようにわれわれはかなり飲んでいた。そして、私が「お任せで」とオーダーしたばっかりに、高級な魚をばんばん食べていた。会計は一人あたり一万円になった。しかし、こういう贅沢をしても誰からも怒られないのが独り者集団、チーム・さびしんぼうのいいところだ。ずっととは言わないが、まだしばらくはこれでいいかな、とも思った。