12月16日
秋から再び英会話教室に通い始めた。外国人講師とマンツーマンのレッスンである。
「明日はもちろん来るんだろ?」
講師のサミュエルがしつこく明日、この英会話教室で開かれるクリスマスパーティーに私を誘う。
「男より女の数の方がずっと多いんだぜ。チャンスだよ」
彼がこんな風に私の尻を叩くのにはわけがある。この教室では一番最初のレッスンで、英会話を始める理由や、趣味、仕事、今まで行ったことがある国などを聞き出し、個人データに記録する。各講師はそのデータを参考に会話を進めていくのであるが、私の個人データの「今一番関心のあること」の欄には「結婚できるかどうか」と明記されているのである。自分の言動がそんなにいつまでも記録されるとは思っていなかったので、ちょっとおどけて言ってみただけだったのに、ことあるごとにその話になってしまう。例えばボルネオに旅行に行くと言えば、「いい出会いがあるかもよ。向こうじゃ日本人はもてるらしいからな」などと言われる。若干辟易しているのだが、正直女性との出会いというのも英会話教室に通う目的の一つであったりするので、明日のパーティーには参加しておくことにした。
12月17日
パーティーには、きのう買ったばかりのおニューのセーターを着て出かけた。何だかんだいっても、結構気合が入っていた私だ。
会場でレイザーラモンHGの格好をした若い日本人男性がはしゃいでいた。ただ「フォーッ!」とか「セイセイセイ」とか言っているだけで何の捻りもないのだが、周りの人たちは手を叩いて笑っている。あの人たちの脳は一体どういうメカニズムであれを見て「笑え!」という指令を出すのだろうか?全く持って理解できない。私の方が異常なのだろうか?孤独感に襲われブルーな気分になってしまい、それからあとはひたすら手酌で飲んだ。
トイレで用をたしていたら、隣で用をたし終わったサミュエルがファスナーを上げながら「調子はどうだい?」と声をかけてきたので、一応「まあまあ」と答えたら、サミュエルは「女の子、よりどりみどりじゃないか!頑張れよ!」と言って私の肩を叩いたので、ますますブルーになった。あいつ、手を洗ってねーじゃねか!おニューのセーターなのに。
12月18日
きょうも英会話教室に行った。この教室は曜日や時間も決まっていなくて、予約すればいつでも空いている時間にいける。私は仕事の量に波があるので、行ける時に続けて行っておかないと、所定の授業数をこなすことができないのだ。
きょうの講師はアンナ。
「きのうのパーティーはどうだった?」
案の定最初に訊かれた。
「もともとあんまりパーティーとかって得意じゃなかったんだけど、やっぱりダメだったな。わりと人見知りするんだよね」
「そんなこと言ってちゃダメ!あなたは出会いを求めているんでしょ!自分からどんどん話し掛けなくっちゃ」
またあの個人データのせいでそんな話になる。若干説教モードである。
「変わろうという強い意志を持たなくてはダメ。私だって昔はシャイだったんだけど、変わったのよ。あなただってできるわよ」
あなただってできる・・・・・・根拠は何だろう?
12月19日
「自分からどんどん話し掛けなくちゃ」と言われても、初対面の女性にいきなり好感を持って受け入れてもらえる自信がない。今年の夏、取材先の女子高生に「ミスター・ビーンにそっくり」と小声で言われたのがトラウマになっている。確かに似ていると自分でも思う。どこが一番似てるかというと、眉毛だ。私の眉毛は濃く、眉尻が下がっている。この眉毛を変えれば、かなり全体の印象も変わって見えるのではなかろうか?思い切ってカリフォルニアからやってきたという眉メイク専門店「アナスタシア」に行ってみた。
まず、チャコペンのようなもので、眉の周りを縁取られる。その結果、眉毛がものすごく太くなったように見える。北斗の拳のケンシロウのようである。我ながら相当面白い顔になっていた。面白いときはその場で笑いきらないといけない。遠慮がちに笑ってしまったので、発散しきれなかった笑いがそのあとも思い出し笑いとなって込み上げてきて大変だった。
「刺激がありますが、よろしいですか?」
店員さんに訊かれる。要は痛いということだ。縁取ったラインからはみ出している部分に脱毛ワックスを塗ったテープを貼って一気に剥がし、眉毛をバリッ!と抜く。
「どうですか?」
「『どうですか?』って、痛いにきまっとるやろ!」と言いたいのを堪え、「大丈夫です」と答える。しかしさすがに思い出し笑いは収まった。バリッ!は執拗にくりかえされ、さらに抜ききれなかった眉毛は毛抜きでブチッ!と抜かれた。
非常に痛い思いをしたのにもかかわらず、誰からも気付かれない程度しか変わらなかった。これで5000円也。髪切るより高いでやんの。
その後、また英会話教室に行く。講師はきのうと同じアンナだ。レッスンはまず「最近どう?」から始まるので、二日連続で同じ講師が相手だと話題が無くて困る。仕方なく、眉毛を抜いた話をすると、アンナがまた説教モードに入った。
「何でそんなことするの!」
「いや、まあ、イメージ変わるかなーと思って・・・・」
「私が変わらなきゃって言ったのは、顔のことじゃないの!あなたは努力の方向を間違えてる!」
ものすごいダメ出し。私は努力の方向オンチだったのか。
「あなたに必要なのは、まず話し掛けることなの!私の友達には電車で隣の席に座ったのがきっかけで付き合い始めた人だっているわよ」
「日本人はあまり電車の中で話し掛けたりはしないんだよ」
「今、日本人の話をしてるんじゃないの!あなたの話をしてるの!」
「はい・・・・」
最初のうちは「YES」とか「I see」と返事をしていたはずだが、アンナがあまりに完全な説教モードだったせいか、気付くといつのまにか日本語で「はい」と返事をしていた。
「電車の中で自分の足を踏んだ男性と友達になったっていう女性だっているわ」
ふーん、来年はじゃんじゃん女性の足を踏むことにするか・・・・・。