いよいよサイパンにむけて飛び立つ日が来た。
待ちきれず3時間半も前に空港に着いてしまったので、空港の書店で江國 香織さんの小説「間宮兄弟」を買って読み始めた。世間から変人扱いされても、自分たちのスタイルを貫いて人生を楽しむ主人公兄弟の生き方に共感し、自分の心の片隅にあった「俺、一人でサイパン行っちゃうよ・・・・」というネガティブな気持ちが少しずつ消えていく。
しかし、それも束の間だった。
出発ロビーの椅子に腰掛け、ふと文庫本から目を上げると、遠くのほうから知り合いのO君らしき人がこちらに歩いてくるのが見えた。奥さんらしき人と一緒である。とても美しい女性だ。そういえば結婚式もサイパンで挙げるほど、O君は昔からサイパンが好きだったっけ・・・。
・・・・気付かないふりをすることに決めた。
O君のことを嫌いなわけではない。あんな美しい奥さんと一緒にサイパンに行く人の前に「俺もサイパン行くんだ。・・・一人だけど・・・」と名乗り出たくなかったのだ。どう考えても卑屈になってしまう。
O君らしき人物がどんどん近づいてきた。携帯電話で話すその声はやはり紛れもなくO君のものだった。
文庫本を読むフリをしてずっと顔を上げずにO君が私の左側を通り過ぎるのを待っていたら、視界の片隅で、私の右隣に座っていた外国人男性が私の側の片尻を持ち上げるのが見えた。放屁する気らしい。通常ならそそくさと立ち上がって避難するところだが、今立ち上がったらO君に気付かれてしまう。黙って毒ガス攻撃に耐えるほかなかった。・・・・くさっ!・・・肉ばっかり食べている人の屁臭だ。「もっと野菜を食え!」心の中で激しくののしる。
やがて搭乗手続き開始のアナウンスが聞こえてきた。立ち上がってあたりを見渡したが、そこにO君の姿はなかった。O君はビジネスクラスを利用しているのだろう。一足早く搭乗しているのに違いない。
O君は前の会社を辞め、今やベンチャー企業の経営者である。若い頃は一緒に合コンなんかもしたのに、随分差をつけられたもんだ。
妬み、嫉み、羨み。イヤな感じの韻を踏みながら搭乗口に向かうと、いきなり係員に呼び止められた。所持品の抜き打ち検査だ。何十人に一人の割合でこうして呼び止められ、もう一度ボディチェックを受けさせられるのだ。
靴を脱がされ、ベルトを外されながら、思わずうめいた。
「何で俺ばっかり・・・・・」
つづく