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2009年10月 バックナンバー


2009年10月01日

冥土の居酒屋 その2

「『お帰りなさい』って言われたら何て答えればいいの?」

「そりゃ『ただいま』でしょう」

なんて言っておきながら、いざ店に入り実際にメイドさんに「おかえりなさい、ご主人様!」と言われると何も言葉が出なかった。
やはり見ず知らずの他人に「ただいま」とは言いにくいものである。

メイドという洋風な存在がウリの店なのに、客席はお座敷だった。
全員席につくとメイドさんが「幹事のご主人様はどちらですか?」と問いかけてきた。
「幹事のご主人様」という斬新な表現にメンバーはどよめいたが、メイドさんは全く動じずメニューの説明を始めた。

「お料理代プラス1500円で飲み放題コースをお付けすることが出来ますが、1500円のコースですとビールは瓶ビール、焼酎も韓国焼酎、あと酎ハイは3種類だけとなっております。さらに300円プラスしますと、カクテルなどが増えますが、もし生ビールが飲みたいということであれば、さらにもう300円プラスして頂かないと・・・・・」

小刻みな金勘定にご主人様気分は早々に吹っ飛ぶ。
600円が惜しい我々は1500円で瓶ビールで我慢することにした。
メイド居酒屋だからといって、メイドさんがビールを注いでくれたりするわけではない。
料理も大皿で運ばれてきて、自分たちで取り分けなくてはいけない。
「ソースは?」などと訊くと「そちらの棚から取って下さい」と言われてしまう始末。
どうしてもメイドさんにサーブしてほしかったら「メイドが巻き巻きする北京ダック 2500円」「メイドが取り分けるフカヒレ 3500円」などそれなりのメニューを頼まなければいけない。
そんなもの600円をケチる我々が頼むわけがない。
もっとリーズナブルなものを探す。
メニュー表に載っている料理のうち、ハートマークがついているものはメイドさんが何らかのサービスをしてくれることになっていた。
一番安いのが「萌え萌えタマゴ 280円」だった。

つづく

2009年10月02日

冥土の居酒屋 その3

注文するとメイドさんが茹でタマゴを一つ持ってきた。
このタマゴの殻をどうやって剥くのか?
メイドさんと客一人の共同作業が必要らしい。
何だか面白そうである。
「どなたかご主人様お一人・・・」とメイドさんが言い切る前に私は腰を浮かせた。
「早っ!」とみんなに言われながら、メイドさんの隣に座ると「普通がいいですか?スーパーハードがいいですか?」と訊かれた。
「スーパーハード!」
私以外のみんなが元気に声を揃える。
するとメイドさんが歌い出した。

♪あんまりそわそわしないで~ あなたのいいとこみたいわ~

某有名アニメの主題歌の替え歌である。
替え歌だから出来る限り元歌の歌詞を生かすのはわかるけれども、ご主人様のことを「あなた」呼ばわりでいいの?とツッコむ間もなく、メイドさんは「3・2・1」とカウントダウンを開始、「ドーン!」と叫んで私の額に茹でタマゴを叩き付けたのだった。

ガツーン!!!!!

鈍器で殴りつけられたような衝撃が走った。
スーパーハードってこういうことか!
メンバーたちが私の額を指差し「殻が刺さってる~」と言って笑うので、額を手で払うとパラパラパラとタマゴの殻の破片が落ちてきた。
本当に殻が刺さったのだろうか?
何しろ本人は自分の額がどういう状態になっているのか見えないのだ。
「きっと額の脂に付着したか、髪にひっかかっただけだろう。タマゴの殻が刺さるなんてことあるわけがないもの」と思っていた。・・・・この時点では。

つづく

2009年10月04日

冥土の居酒屋 その4

一方メイドさんは私の額の状態よりもフラッシュの光が気になったようだった。
私がメイドさんにタマゴで殴打される瞬間をデジカメで捉えたメンバーがいたのである。

「写真は撮らないで!今写真撮った人、消去して下さい。ここ撮影禁止なんで、すぐ消してっ!」

さっきまでの甘ったるいしゃべりではなかった。
少なくとも「今写真を撮った人」じゃなくて「今写真を撮ったご主人様」と言うべきではないのだろうか・・・・・。

写真が消去されたのを確認すると、メイドさんはまた甘ったるい声に戻った。

「ではこのタマゴに魔法の粉をかけま~す」

「魔法の粉って(苦笑)・・・・塩だよね」

「魔法の粉っ!」

・・・・怒鳴りつけられた。
ちっともご主人様に対する態度ではない。
コロコロ変わる態度、というか、キャラ設定にちょっとついていけない。

「はい、お口を開けて~」

再び甘い口調に戻ったメイドさんが、あらかた白身が破壊され黄身丸出しのゆでタマゴを私の口に放り込む。
そして、「さっきは痛かったよね~。はいこれどうぞ」と言って、私の額に絆創膏を貼った。

これで「萌え萌えタマゴ」終了である。

つづく

2009年10月05日

冥土の居酒屋 その5

メイドさんが去ってもまだ頭が痛い。何だかヒリヒリする。絆創膏を剥がすと、ガーゼの部分にが滲んでいた。
本当にタマゴの殻が刺さったのだ。
こんなのちっとも「萌え萌え」じゃない。
こんなのは「萎え萎えタマゴ」だ。
それでも座の空気をしらけさせてはいけないと思い、笑顔をキープしていると、女性メンバーから「嬉しそうな顔してるねえ」と声を掛けられた。
心外である。
ここはハッキリと誤解を解消しておかなくてはこの先も“M”キャラとして扱われてしまう恐れがある。
「僕はねー、MじゃなくてSですよ」
「ウソー!」
「ホントですって!」
「じゃあ・・・・・♪相澤の、Sっぽいとこ見てみたい~」
えー!?ここで?!
そんなとこどうやって見せたらいいんだろう?全く思いつかない。
あれ?俺って本当にSなのかしらん?
ちょっと自分自身を見失いそうになった。
それにひきかえ「Sっぽいとこ見てみたい」と無茶な要求をした女性は完全なSだ。
さらにもう一つ「萌え萌えタマゴ」をオーダーしたのだ。

再びタマゴを手に現れたメイドさんが「今度はどちらのご主人様ですか?」と問いかけると男性メンバーたちは「どうぞどうぞ」とダチョウ倶楽部のように必死に譲り合った。
そして女性メンバーたちはその様子を見て大笑いしていた。
このメイド居酒屋は、男性がメイドに奉仕してもらうのを楽しむための店というよりも、メイドに翻弄される男性たちを見て女性が楽しむための店なのかもしれない。

つづく

2009年10月06日

冥土の居酒屋 その6

座敷にはカラオケセットも置かれていた。
500円払うとメイドさんが歌を歌ってくれるらしい。
一体どんな歌を歌ってくれるのだろう。

「得意な歌は?」

「『あゆ』とか・・・・」

「じゃあ・・・・・『与作』(ニヤリ)」

あゆが得意と言っている人間にサブちゃんのド演歌をリクエストするなんて、超Sっぽくないですか?
私はさっきからずっと自分のSっぽさをアピールする機会を伺っていたのだ。
ところが、そんな意図はちっとも伝わらなかったらしく、みんなから「おっさん!」という言葉を投げつけられたのだった。

さらに「踊れる曲とかないの?」と訊かれたメイドさんが「ハレ晴レユカイ」と答え、みんなが「何?その曲」と言っている中で「ああ、『涼宮ハルヒの憂鬱』ね」と口走ってしまったために、アニメオタクのレッテルまで貼られることになった。

Mでおっさんでオタク。

ふう(溜め息)・・・また今回もか・・・。

どうも私はそういうイメージを持たれやすいのだ。
そういう要素が全くないとは言わないが、本人としてはむしろ「Sで若作りのスポーツマン」のつもりなのに・・・・。
自分が外からどう見えているか、なかなか自分には見えないものかもしれない。
そして額の傷も。
家に帰り、洗面台の鏡で改めて額の傷を確認したところ、全部で4箇所に出血の跡が認められたのだった。

おしまい

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プロフィール

【最近面白かった漫画】
「三月のライオン」
「とめはねっ!」
「宇宙兄弟」
「モテキ」
「へうげもの」
「もやしもん」
「こさめちゃん」
「犬のジュース屋さん Z」

【好きな言葉】
「振り向くな、振り向くな、後ろには夢がない」(寺山修二)
「しゃかりきコロンブス」(光ゲンジ)

【担当番組】
ニュースデータで解析!サンデージャーナル、特番など

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