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2005年12月01日

尾道 ノスタルジック&マニアックツアー その1

尾道3部作をご存知だろうか?大林宣彦監督の映画「転校生」(1982年)、「時をかける少女」(1983年)、「さびしんぼう」(1985年)の3作品のことである。いずれも大林監督のふるさとである広島県尾道市が舞台になっている。

その尾道へ行くことになった。メンバーは私と、スポーツ部・山根(♂)、広報部・大久保(♀)の3人である。私と山根は昔から尾道3部作のファンであり、私はすでに2度、山根も1度、尾道を訪れたことがあり、折に触れ2人で尾道の素晴らしさを大久保に吹聴した結果、3人で行くことになったのである。

チーム名も決めた。「チーム・さびしんぼう」である。尾道3部作の中でも私が最も愛している「さびしんぼう」から取ったものであるが、大久保から「ぴったり過ぎてイヤだ」という声が出た。

確かにこの3人は、30代半ばでまだ配偶者も、配偶者候補もおらず、ひとつき後に迫ったクリスマスもどうしようかと途方にくれている「さびしんぼう」である。自らさびしんぼうと名乗ることで侘しさが余計つのるという主張もわからないでもなかったが、かといって「チーム・転校生」ではよそもの感があるし、「チーム・時をかける少女」では中年3人組にあまりにも似つかわしくない。やはりここは「チーム・さびしんぼう」しかないのである。

つづく

尾道 ノスタルジック&マニアックツアー その2 

真夜中に名古屋を出たら、尾道に朝7時半に着いた。到着時間も予定外だが、もう一つ予定外だったのが、尾道の冷え込みだった。私は大林監督が「尾道は冬でもセーター一枚で過ごせる」と言っていたインタビュー記事を目にしたことがあったので、かなり薄着をしていたのだ。

「何だよ!寒いじゃんか!オオバヤシィー!

あんなにリスペクトしていたのに、到着早々呼び捨てである。私は寒いのが本当に苦手なのだ。かといって、寒さをしのごうにも、朝早すぎて喫茶店などはまだ開いていない。背を丸め、ポケットに手を突っ込んだままブラブラしていたら、フェリーの乗り場があったのでとりあえず乗り込んだ。

わずか3分の船旅で対岸の向島に到着した。この向島では現在、この冬公開の映画「男たちの大和」の撮影に使用された大和の実物大ロケセットが公開中であったが、案の定、公開は9時からで、まだ1時間以上あった。軽く途方に暮れていたら、レンタサイクルの看板を見つけた。自転車で行きたいところなどなかったが、とりあえず借りてみる。地図を見て検討したところ、Kif_0646_1向島からさらに橋で結ばれている外周2,45kmの小さな島、岩子島をサイクリングするのが、9時まで時間を潰すには最適という結論に達した。

大間違いだった。地図からは道の起伏まで読み取れなかったのである。自転車を漕いで登れるぎりぎりぐらいの上り坂と下り坂の連続であった。紅葉とミカンで赤、黄色、オレンジに染まった山と、緑色の瀬戸内海のコントラストは鮮やかだったが、楽しむどころではなかった。

1時間半のサイクリング、というよりワークアウトを終え、やっと大和を見に行く。大和を展示している日立造船向島西工場の敷地はかなり広いため、門を入ってからバスで大和の所まで移動する。

バス乗り場で観光客を案内していたのは地元のシルバー世代の人たちだった。バスを待っていたら、そのうちの一人、戸田さんという方が話し掛けてきた。

「もうどっか回ってきたんか?」

「岩子島を自転車で一周してきました」

へええ、そりゃ、ご苦労だったね」

わざわざそんな物好きなというニュアンスがこもっていた。

「どっから来たんだ?」

「名古屋からです」

「名古屋か・・・・名古屋の人は結婚式に金をかけるって本当か?」

「まあ、そうですね」

「息子が名古屋で暮らしとって、近々あちらの人と結婚するって言ってんだけど、結納金はいくらぐらい払えばいいんだ?」

「結納金ですか・・・・・・、うーん、100万円ぐらいかなー?まあ、一口に名古屋といっても、場所によってかなり違うんでねー、あんまり確かなことは言えないんですけどねー」

結納金・・・・・われわれ、チーム・さびしんぼうが最も苦手とする分野である。曖昧な情報しか提供することができない敗北感。だめだなー、俺たち・・・・・。口にはしないが、そんなムードに包まれた。旅の出だしから、体力的にも精神的にもダメージを受けてしまっていた。

バスに乗り、大和に到着。間近で見る大和のセットは本当に巨大であった。実際の大和の全長263mのうち、190m分も再現していKif_0653るそうだ。その大和の上でも、シルバー世代の案内係が活躍していた。頼めば、カメラのシャッターを押してくれる。

「はい、ヤマト!」

チーズというかわりに、ヤマトが掛け声になっていた。戦時中の人々が「大和」という言葉を口にした時の思いと、「はい、ヤマト!」のギャップ。つくづく平和でよかったと思う。

われわれは、自分たちが写真に収まることよりも、この巨大な実物大セットの迫力をいかに写すかに腐心していた。実物大セットといっても前の方と上の方は再現されていない。映画の中ではCGで描かれるのだ。この欠けている部分は写らないようにしながら、セット全体の大きさが伝わるような写真をKif_0655_3撮ろうとするのだが、これがなかなか難しい。3人とも別に写真が趣味というわけではないのだが、やはりテレビマン、ちゃんとした画が撮れないと気持ち悪いらしく、何度もトライしていた。一人でそんなことに延々とこだわっていたら旅のペースを乱してしまうことになるのだが、3人ともそういうタイプの人間だったので、のびのびこだわることができた。「俺たちは同じ方向を向いている」3人とも心の中で確認した。今回のツアーがかなりマニアックなものになることが決まったのはこの時であった。

大和を見学し終わり、またバスで門の所へ戻ると、さっきの戸田さんがまた話し掛けてきた。

「うまいラーメン屋を教えてやろう」

さっきの漠然とした結納金情報のお礼ということだろうか。

「朱華園と、つたふじ。この2軒は絶対うまいぞ」

「その2軒だとどっちがうまいですか?」

「うーん。どっちかなー。うーん・・・・・・」

なかなかどちらか決められないようだった。考え込む戸田さん。

「どっちなんですか?」

結納金について聞かれた時は、あんなに曖昧にしか答えられなかったくせに、他人にははっきりとした答えを求めるわれわれだ。

「うーん・・・・、やっぱり世界一は朱華園だな」

そうか、単にどっちの店がうまいというレベルではなく、どちらが世界一かを決めていたのか。それはなかなか結論も出ないはずだ。

「でもなー、個人的な好みはつたふじだなー」

などとまだグダグダ言っている戸田さんを背に、われわれは再びフェリーで尾道に戻り、世界一の座を手にした朱華園へと向かった。

10時58分、朱華園に到着した。まだ開店時間の2分前のはずだったが、すでに客席の半分が埋まっていた。さすが世界一だ。

尾道ラーメンは、麺は平麺、スープには瀬戸の小魚のだしを使い、豚の背脂が浮かぶという特徴を持っている。朱華園は典型的な尾道ラーメンを味わえる店として、全国的にもその名が知られている。世界的に知られているかは微妙であるが・・・。一口すすった瞬間から「うおっ!」と声が出る美味さだ。麺やスープがいいのは当然、「チャーシューもいいねー」と私が言えば、「メンマもいいですよ」と山根が答える。さすが世界一、一分の隙もない完成品だ。そんな中でわれわれが深くうなづいたのが、大久保の「脂が体に染みるって感じ」という感想であった。ハードな自転車漕ぎで、筋肉や関節がギコギコ軋んでおり、そこにこの脂が挿さっていく感じであった。かなり元気を回復して店を出た。まだ11時25分というのに、店の前には行列が出来ていた。さすが世界一である。

つづく

2005年12月06日

尾道 ノスタルジック&マニアックツアー その3

Kif_0682  尾道は海からちょっと歩くとすぐ山になる。標高136mの千光寺山にのぼるロープウェイから見る街は、滑り落ちないように山の斜面にしがみついているようだった。寺がやたらに多いのは瀬戸内海を航行する船の安全を祈願して、豪商たちが競って寺を建立したからである。山頂の展望台から瀬戸内海を眺めたあと、お土産屋さんで「尾道三部作ロケ地マップ」を入手した。ここからはいよいよロケ地めぐりである。

まず千光寺山で、「転校生」の主人公2人が不良にからまれた岩場をチェックする。「不良にからまれた岩場」・・・・興味のない人にとっては「何じゃ、そりゃ!」だろうがKif_0707、ファンとしてはここは見逃せない名所の一つである。

そのあと再びロープウェイで山を下り、麓にある「うしとら神社」に向かう。ここは「時をかける少女」が時をかけて過去に降り立った場所である。そんなシーンにピッタリの、楠の巨木群がうっそうと繁った神社である。またまたわれわれのカメラ心が激しくくすぐられた。3人とも映画でも撮る気?というぐらいいろいろと構図に凝っていた。楠の大きさを表現しようとしゃがんで下からカメラをのぞくたび、ヒザがガクガクした。朝の自転車のダメージがまだかなり残っていたのである。

疲れた体を癒すのはやはり、甘いものである。尾道三部作にも再三登場している「茶房こもん」でティータイムだ。ここのワッフルも全国Kif_0711_1に名が知れ渡っている。

メニューを見ると、バターワッフルにプリンとコーヒーがついたセットがあった。普段はほとんどプリンなどというものを口にすることはないが、わざわざお得なセットにしてくれたので頼んでみることにした。正解だった。絶品である。この味をどう表現するか?デザート部門ということで、女性である大久保に最初の感想を求めた。

「まいうー」

がっかりである。山根からも激しい叱責の声が飛んだ。

「・・・・最悪。お前のリポートからは何も伝わって来ねーよ!」

いつのまにかリポーターにされていた。たとえカメラは回っていなくても、テレビマンたるもの、常にオンエアに乗っても恥ずかしくないコメントを心がけるべきだということだろう。

私なりにリポートすると「プリンは絹漉しのなめらかな舌触りで、バニラ風味というかクリームのような優しい甘味、ソースにレモンが少しかかっていて、とてもさわやかな後味が残る。そして薄焼きのワッフルは表面がさくっとしていて、中はふんわり、バターの塩味とメープルシロップの甘さのバランスが絶妙」というところだろうか。

プリンとワッフルで血糖値を一気に上げたところで、「尾道3部作」の中でも最も有名なあの階段へと向かう。次回「上がって来いヤス!決死の階段落ち」にご期待ください。

つづく

尾道 ノスタルジック&マニアックツアー その4

Kif_0717  尾道ロケ地めぐりのクライマックスは、御袖天満宮の石段だ。この石段を「転校生」の主人公、一夫と一美が抱き合う形で転げ落ちて、二人の心が入れ替わり、「オレがアイツで、アイツがオレで!?」になってしまうのである。

石段を登ったところで、若い女性観光客二人組に「シャッターを押して下さい」と頼まれたので、あっさりとシャッターを押し、「じゃ、こちらのシャッターも」とお願いする。

デジカメを渡して、われわれ3人は中段まで走って下りる。そして、どーんと寝転がった。石段を転げ落ちるシーンを再現しようというのである。いい大人が石段に思い切って横になれるのも3人連れだからだ。こんなこと一人旅だったら絶対できないKif_07223本の矢の教えをこんなところで実践するわれわれだ。

石段の上からシャッターを押してもらうと、すぐさま駆け上がり、写真をデジカメの画面で確認する。

「顔がよくわからないなー。すいません、もう一枚」

再び同じ位置で寝転がり、顔の向きに注意しながら撮ってもらう。また駆け上がって確認だ。

「やっぱ遠すぎたか。すいません、もう一枚」Kif_0724

今度は石段の最上段で、上体をのけぞらせ、バランスを崩してこれから転げ落ちるというポーズを取る。何だか「転校生」というより「マトリックス」みたいなポーズだった。またシャッターを押して貰って、画を確認する。

「おまえの左足が落ちてねえんだよー!」

大久保が山根にダメ出しされた。石段を転げ落ちそうになっているように見えないというのである。特に左足が。55段の急勾配の石段の最上段で後ろにのけぞるのはかなり怖いが、リアリティを追求してもう一枚。思い切りのけぞったところ、後ろの石段が隠れてしまったので、カメラを縦にしてもう一枚撮ってもらった。

たった一回シャッターを押してもらった引き換えに、5回もシャッターを押すはめになった通りすがりの観光客には申し訳ないが、われわれはテレビマン、いい画が撮れるまで決して妥協できない運命(さだめ)なのだ。

下の方を見たら、別の女性二人組が転げ落ちるポーズで写真を撮っていた。あの人たちも仲間だ。やはりみんなここではそういう写真を撮りたいのだ。われわれが行動に移したことで、「恥ずかしがらずに思い切ってやっていい」という温かい雰囲気が出来たのである。そういった意味で、われわれはこの女性たちの思い出作りのお役に立てたとも言えよう。

つづく

2005年12月09日

尾道 ノスタルジック&マニアックスアー その5

Kif_0737_1 次の目的地は「さびしんぼう」の主人公、ヒロキが住んでいた西願寺である。距離があるので、車で移動する。

われわれが現地で手に入れた「尾道ロケ地マップ」を制作したのは大林監督と、尾道三部作で美術監督を務めた薩谷和夫さんである。大林監督によれば、この地図は「迷子になってもらうために作った」そうである。大体の位置関係は把握できるのだが、どの道を通れば目的地にたどりつけるかがまるでわからない。「ルートをはっきり明示してしまうと、みんな同じ道を通ることになる。それではみんなが同じ旅をすることになってしまってつまらない」というのである。

大林監督の狙いどおり、車を運転した山根と助手席の大久保は、細く入り組んだ尾道の路地で何度も迷い、大変な苦労をした、らしい。後部座席の私は、乗り込むなり深い眠りに落ちており、気づいたときにはもう西願寺であった。

車を停めて、坂Kif_0728を登っていくと、寺に続く小さくて急な階段があった。大久保が走り出し、階段に腰をかけた。

「ああっ!ここは・・・」

この階段は富田靖子さん演じるさびしんぼうが、クライマックスのシーンで雨に濡れながら座っていた階段だったのだ!もともと私と山根によって大林ワールドに引きずり込まれた大久保だったが、今回の旅に向けて相当予習してきたようだ。「くそー、大久保に先を越されるとはなー」なんていう会話を交わすのも楽しかったりして、あらためて自分たちが完全にマニアの域に達していることを発見する。

階段を登ると、境内には鐘があった。これもただの鐘ではない、ヒロキのお母さんが「ゴキブリ、ゴキブリ」と大騒ぎしてぐるぐる走り回った鐘だ。このように西願寺はファンにとってはたまらないところだったが、尾道のメインとなる観光名所から距離があるせいか、われわれ以外に観光客の姿はなかった。観光地という雰囲気もない。

「お墓参り?」

住職さんが声をかけてきた。かなりご高齢の方である。

「いえ、あの・Kif_0732・・・観光なんですけど・・」

観光なんかで来てよかったのかしらん、と恐る恐る答えると予想外の言葉が返ってきた。

「せっかくだから、鐘を突いて行きなさい」

「えーっ、いいんすかー!」

尾道は本当に観光客に優しいところだ。一人一回ずつ突かせて頂いた。午後2時40分。まったくわけのわからない時間に鐘が3回鳴り響いた。大感激である。私は今、あのゴキブリの鐘(すいません)を鳴らしている。しかも、その音は憧れの尾道に響き渡っているのだ。

住職さんにお礼を言って別れ、さらに奥に進む。この寺にはもう一箇所回っておきたいところがあった。墓地である。ここはヒロキがおばあちゃんに認知症防止のための指の運動を教えていたところなのである。観光客のわれわれが墓地まで足を踏み入れていいのかしらんという躊躇もあったが、ここまで来たら、やはり見ておきたい。

瀬戸内海、尾道水道が見渡せる墓地で「尾道と映画とさっちゃんはよく似合う」という墓碑銘を見つけた。大林監督がしたためたものである。ここにはあの薩谷和夫さんが眠っておられたのだ。薩谷さんは東京出身であるにもかかわらず、この尾道に眠ることを希望されたそうである。それほど尾道を愛しておられたのだ。われわれも尾道マニアの先輩に手を合わせた。

ここまで愛される尾道の魅力とは何だろう?尾道はよく「初めて訪れた人でも懐かしさを感じるところ」と言われているが、そこに私なりに一言付け加えさせていただくと、その懐かしさはホンワカした懐かしさではなく、胸がキュンとしめつけられる懐かしさである。失われてしまったものに対する切なさを感じるのだ。やはり「転校生」「時をかける少女」「さびしんぼう」という思春期の少年少女を描いた映画の力が大きいのかもしれない。もう帰れないもんなー、あの頃には。我々は「時をかけられない中年」であるからして。

合掌していたら、さきほどの住職さんが通りかかった。ほんのわずかな時間の触れ合いだったが、住職さんは別れ際にこうおっしゃった。

「ワシがまだ長生きしとって、またあんたらがここに来ることがあったら、そん時また会おうや」

「ハイッ!」

元気に声を揃えて返事するわれわれ。まるでリトルリーグの少年たちのようであった。気持ちのいい「ハイッ!」が墓地にこだました。何も気の利いたことを言えないわれわれは、精一杯の好意を「ハイッ!」に込めたのだ。住職さんの背中を見送るわれわれの心の中では、富田靖子さんが歌うさびしんぼうのテーマが流れていた。♪さ~よなら~、あなたに~出会えて~嬉しか~った~

つづく

2005年12月12日

尾道 ノスタルジック&マニアックツアー その6

Kif_0742  夕食は瀬戸内の魚だ。予定していた店が予約でいっぱいであることが判明し、新たに店を捜すことになった。われわれの希望は2つ。まず、オコゼのから揚げが食べられること。オコゼは日によって入らないこともあるらしい。そして、大久保からは「カウンター席で店の大将と『あーでもない、こーでもない』って言いながら食事がしたい」という要望が出た。なぜそんな「あーでもない、こーでもない」という否定的な意見をぶつけたいのかよくわからないが、ともかくカウンター席で地元の人と会話がしたいということだった。

大久保の懸命な電話取材によって条件に合致する店が見つかった。カウンター席に座ると、正面の大きないけすではフグやエビ、ヒラメにオコゼが泳いでいた。

「えーっと・・・・・・」

このような高級な店のカウンター席に座るのは初めてだったので、どう切り出したらいいのかわからない。

「すいません。お任せでおねがいします」

「あーでもない、こーでもない」どころか、全くの受身なオーダーしかできなかった。まず、カレイの刺身、そして待望のオコゼのから揚げが出てきた。オコゼの身はふわっとやわらかい。感動した山根が店の大将に賞賛の言葉を投げかける。

「雪のようにやわらかいですね」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

音沙汰なし。決して無口な大将ではなかったが、「雪のように」という例えが全くピンと来なかったらしい。それにしても何か愛想笑いとかしてくれてもいいのに・・・・・。痛みを感じるほど長い沈黙だった。やはり大将相手に「あーでもない、こーでもない」なんてやり取りができるようになるにはまだ早いわれわれだ。「あーでもない、こーでもない」の矛先は自分たちに向かっていく。まず、私が大久保のファッションにダメ出しをする。

「大久保はさあ、いつも割とカジュアルだけどさー、もっとピシッとした格好した方がもてるんじゃないの?できる女って感じのスーツで決めてくればいいのに」

「でも私、グレーが似合わないって店の人に言われたんです」

「それはさー、何とかしようよ」

何とかって何だ。「何とか」しか言えないくせにアドバイスするなって話だ。その程度のアドバイスで力尽きた私にかわり、山根が別のラインから大久保を攻め立てる。

「大久保はさー、男もグレーを何とかしろよ」

「男もグレー?」

「お前はさ、男を白か黒にはっきり分けすぎなんだよ」

この場合の白黒とは「つきあってもOKかNOか」ということである。

「白と黒の中間のグレーの男をもっと大切するべきだよ。グレーゾーンの男ととりあえずつないでおけばそこから白に変わるかもしれないのに、お前は最初からグレーも黒にしちゃうから」

神妙な面持ちで聞いている大久保。ちょっと一方的に言い過ぎたと思ったのか、山根から新たな提案がされた。

「一人一人、今年の目標を言っていきましょう」

今年も残り一ヶ月と言う段階で「今年の目標」を語り合うこと自体が手遅れである。

「僕はこれまで見逃し三振が多かったんで、これからはどんどん振っていこうと。見逃し三振じゃなくて、空振り三振していこうと思います」

例え好きの山根が、今度は恋愛を野球に例えてきた。三振前提なのが、悲しい。

「俺は今まで大きな当たりばかり狙いすぎていたところがあるから、バッティングフォームを改造しようかな。もう少しシュアなバッティングで打率をあげないと・・・・」

山根に倣い、私も恋愛を野球に例えてみた。

野手の間を抜けるような当たりを打ちたいな・・・」

もしかして私は馬鹿になってしまったのだろうか。自分の発した言葉の意味がわからない。野手の間を抜ける当たりとは、一体どういう女性を例えたものなのだろうか?

会話の内容からもおわかりのようにわれわれはかなり飲んでいた。そして、私が「お任せで」とオーダーしたばっかりに、高級な魚をばんばん食べていた。会計は一人あたり一万円になった。しかし、こういう贅沢をしても誰からも怒られないのが独り者集団、チーム・さびしんぼうのいいところだ。ずっととは言わないが、まだしばらくはこれでいいかな、とも思った。

Kif_0684おしまいKif_0751Kif_0739

2005年12月23日

2005年12月の日記

12月16日

秋から再び英会話教室に通い始めた。外国人講師とマンツーマンのレッスンである。

「明日はもちろん来るんだろ?」

講師のサミュエルがしつこく明日、この英会話教室で開かれるクリスマスパーティーに私を誘う。

「男より女の数の方がずっと多いんだぜ。チャンスだよ」

彼がこんな風に私の尻を叩くのにはわけがある。この教室では一番最初のレッスンで、英会話を始める理由や、趣味、仕事、今まで行ったことがある国などを聞き出し、個人データに記録する。各講師はそのデータを参考に会話を進めていくのであるが、私の個人データの「今一番関心のあること」の欄には「結婚できるかどうか」と明記されているのである。自分の言動がそんなにいつまでも記録されるとは思っていなかったので、ちょっとおどけて言ってみただけだったのに、ことあるごとにその話になってしまう。例えばボルネオに旅行に行くと言えば、「いい出会いがあるかもよ。向こうじゃ日本人はもてるらしいからな」などと言われる。若干辟易しているのだが、正直女性との出会いというのも英会話教室に通う目的の一つであったりするので、明日のパーティーには参加しておくことにした。

12月17日

パーティーには、きのう買ったばかりのおニューのセーターを着て出かけた。何だかんだいっても、結構気合が入っていた私だ。

会場でレイザーラモンHGの格好をした若い日本人男性がはしゃいでいた。ただ「フォーッ!」とか「セイセイセイ」とか言っているだけで何の捻りもないのだが、周りの人たちは手を叩いて笑っている。あの人たちの脳は一体どういうメカニズムであれを見て「笑え!」という指令を出すのだろうか?全く持って理解できない。私の方が異常なのだろうか?孤独感に襲われブルーな気分になってしまい、それからあとはひたすら手酌で飲んだ。

トイレで用をたしていたら、隣で用をたし終わったサミュエルがファスナーを上げながら「調子はどうだい?」と声をかけてきたので、一応「まあまあ」と答えたら、サミュエルは「女の子、よりどりみどりじゃないか!頑張れよ!」と言って私の肩を叩いたので、ますますブルーになった。あいつ、手を洗ってねーじゃねか!おニューのセーターなのに。

12月18日

きょうも英会話教室に行った。この教室は曜日や時間も決まっていなくて、予約すればいつでも空いている時間にいける。私は仕事の量に波があるので、行ける時に続けて行っておかないと、所定の授業数をこなすことができないのだ。

きょうの講師はアンナ。

「きのうのパーティーはどうだった?」

案の定最初に訊かれた。

「もともとあんまりパーティーとかって得意じゃなかったんだけど、やっぱりダメだったな。わりと人見知りするんだよね」

「そんなこと言ってちゃダメ!あなたは出会いを求めているんでしょ!自分からどんどん話し掛けなくっちゃ」

またあの個人データのせいでそんな話になる。若干説教モードである。

「変わろうという強い意志を持たなくてはダメ。私だって昔はシャイだったんだけど、変わったのよ。あなただってできるわよ」

あなただってできる・・・・・・根拠は何だろう?

12月19日

「自分からどんどん話し掛けなくちゃ」と言われても、初対面の女性にいきなり好感を持って受け入れてもらえる自信がない。今年の夏、取材先の女子高生に「ミスター・ビーンにそっくり」と小声で言われたのがトラウマになっている。確かに似ていると自分でも思う。どこが一番似てるかというと、眉毛だ。私の眉毛は濃く、眉尻が下がっている。この眉毛を変えれば、かなり全体の印象も変わって見えるのではなかろうか?思い切ってカリフォルニアからやってきたという眉メイク専門店「アナスタシア」に行ってみた。

まず、チャコペンのようなもので、眉の周りを縁取られる。その結果、眉毛がものすごく太くなったように見える。北斗の拳のケンシロウのようである。我ながら相当面白い顔になっていた。面白いときはその場で笑いきらないといけない。遠慮がちに笑ってしまったので、発散しきれなかった笑いがそのあとも思い出し笑いとなって込み上げてきて大変だった。

「刺激がありますが、よろしいですか?」

店員さんに訊かれる。要は痛いということだ。縁取ったラインからはみ出している部分に脱毛ワックスを塗ったテープを貼って一気に剥がし、眉毛をバリッ!と抜く。

「どうですか?」

「『どうですか?』って、痛いにきまっとるやろ!」と言いたいのを堪え、「大丈夫です」と答える。しかしさすがに思い出し笑いは収まった。バリッ!は執拗にくりかえされ、さらに抜ききれなかった眉毛は毛抜きでブチッ!と抜かれた。

非常に痛い思いをしたのにもかかわらず、誰からも気付かれない程度しか変わらなかった。これで5000円也。髪切るより高いでやんの。

その後、また英会話教室に行く。講師はきのうと同じアンナだ。レッスンはまず「最近どう?」から始まるので、二日連続で同じ講師が相手だと話題が無くて困る。仕方なく、眉毛を抜いた話をすると、アンナがまた説教モードに入った。

「何でそんなことするの!」

「いや、まあ、イメージ変わるかなーと思って・・・・」

「私が変わらなきゃって言ったのは、顔のことじゃないの!あなたは努力の方向を間違えてる!

ものすごいダメ出し。私は努力の方向オンチだったのか。

「あなたに必要なのは、まず話し掛けることなの!私の友達には電車で隣の席に座ったのがきっかけで付き合い始めた人だっているわよ」

「日本人はあまり電車の中で話し掛けたりはしないんだよ」

「今、日本人の話をしてるんじゃないの!あなたの話をしてるの!」

「はい・・・・」

最初のうちは「YES」とか「I see」と返事をしていたはずだが、アンナがあまりに完全な説教モードだったせいか、気付くといつのまにか日本語で「はい」と返事をしていた。

「電車の中で自分の足を踏んだ男性と友達になったっていう女性だっているわ」

ふーん、来年はじゃんじゃん女性の足を踏むことにするか・・・・・。

アナウンサーの動画を見る!

プロフィール

【最近面白かった漫画】
「三月のライオン」
「とめはねっ!」
「宇宙兄弟」
「モテキ」
「へうげもの」
「もやしもん」
「こさめちゃん」
「犬のジュース屋さん Z」

【好きな言葉】
「振り向くな、振り向くな、後ろには夢がない」(寺山修二)
「しゃかりきコロンブス」(光ゲンジ)

【担当番組】
ニュースデータで解析!サンデージャーナル、特番など

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